採石場跡を再生した札幌「石山緑地」がラピュタの世界だった

札幌市南区石山に「石山緑地」という都市公園があります。明治時代以来、採石場だった場所を活用して公園として市が整備。札幌軟石がむき出しの岩肌、そして札幌軟石の造形物がまるで古代ローマ遺跡を彷彿とさせる空間です。独特の景観が美しい「石山緑地」の歴史と楽しみ方をご紹介します。

札幌軟石の巨大な石切り場

石山地区は明治の開拓使時代以降、札幌軟石の巨大な石切り場でした。発見したのはお雇い外国人A・G・ワーフィールド、トーマス・アンチセル。現在の国道453号の陸橋付近に5棟の小屋を建てて、発見から3年後の1875年に本格的な採掘をはじめました。

札幌中心部までは当初、馬の背中に二切ほどを載せて運んでいました。翌年には馬車道が開通したため、石山、川沿、平岸、山鼻の馬所有者が副業として営む馬車運搬に切り替わりました。1909年になると助川貞次郎が経営する馬車鉄道が開通し、西11丁目通(国道230号)で運行をはじめました。これが現在、「石山通」と呼ばれる所以です。

▼札幌軟石産地と札幌本府の位置関係図

札幌軟石は平均厚さ15メートルで、上の層と下の層は火山灰ですが、中間の層から良質の軟石がとれました。通常、露天掘りからはじまりますが、上層の火山灰の処理が大変であったため、崩落危険を伴う横穴式採掘も行われていました。そして採掘法も人力の手堀りにはじまり、1962年にチェーンソー採掘に切り替わりました。

ここで採掘される札幌軟石は、札幌中心部の本府建設にあたり洋式建造物の石材として重宝されました。買い上げ価格は1切20~22銭、大正時代には25~39銭でした。初年度は約2万個、ピークの昭和初期(1929年)には年間約24万個を採掘。最盛期には石材店が100軒、石工は300人もいたようです。

大正時代以降の石材店
1914年:一区に岩本吉次郎「岩本石材店」
1919年:藻南に岩本式「岩本石材部」
1922年:森正男、中川留吉、石山信用販者購売利用組合、塚田環、中原栄太郎、野口岩松
1933年:西村稔夫、岩本武、荒井久松、杉本金之助、生水清、兵庫弥三郎、地蔵平一郎によって共同販売所開設
1943年:企業合同による札幌軟石株式会社設立

大正時代に入るとコンクリートが台頭し、札幌軟石の需要は激減、採石場も廃止されていきました。後に「石山緑地」となる場所も1977年に役割を終了。平成に入ると、岩肌がむき出しになったままだった不気味な採石場跡を整備して、市民憩いの場にしようということで札幌市が整備に乗り出しました。

彫刻家集団が札幌軟石をモチーフに再生

採石場跡を活用した石山緑地は、市道石山1号線と国道453号に挟まれた、総面積11.8ヘクタール。1988年に造成が始まり、1993年までに北側の3.9ヘクタールにテニスコート、ゲートボール場、散策路などを整備しますが、注目を集めたのは、1994年に南側約7.9ヘクタールで始まった、札幌軟石をモチーフにした公園整備事業でした。

構想は、開拓期当時の石切場の歴史を振り返る場所、当時の面影を残す公園づくり。幾何学的に高さ15メートルにも及ぶ札幌軟石の壁を活かし、石床式の多目的広場や石のモニュメント、彫刻作品を設置するというものでした。

設計・デザインは市内在住の彫刻家5人(國松明日香、永野光一、丸山隆、松隈康夫、山谷圭司)で構成する「CINQ(サンク)」が手掛けました。

中でも石山緑地の代名詞的存在が「ネガティブ・マウンド」(石の広場)です。彼らは、白褐色の軟石の崖に囲まれた場所を約3.5メートル掘り下げたすり鉢状にし、石を敷き詰めて段差のある空間を創出しました。制作は夏の1ヶ月間、北海道教育大学札幌校の学生も参加して行われ、最後に市が周囲の造成を行いました。

▼ネガティブ・マウンド

こうして1996年5月10日に一般公開された「ネガティブ・マウンド」は、直径30~60メートルの楕円形で、面積約1,500平方メートル。コロシアム仕様で、約1,500人が座れる野外ステージとして活用することができます。

同年7月には、21の立方体を組み合わせた高さ1.7メートルのモニュメントが、地元市民団体によって制作、寄贈されました。

「石山緑地」が全面オープンしたのは、構想から9年後の1996年10月5日。南側ブロックには、異空間への導入部をイメージして左右にゆるくカーブする高さ2メートル・奥行き約8メートルの「呼吸する門」のほか、「手つなぎ石」、「水の広場(スパイラルスプリング)」、「ネガティブ・マウンド」へ通じる「沈黙の森」、赤いジャングルジムのようなオブジェ「赤い空の箱」、そして最も南の丘には石の立方体が芝生の上に散りばめられた「午後の丘(芝生広場)」が広がります。

▼「呼吸する門」「手つなぎ石」など彫刻作品に触れられる


▼沈黙の森にある真っ赤なジャングルジム「赤い空の箱」

▼水の広場(スパイラルスプリング)

▼壁からブロックがこぼれ落ちてきたかのような彫刻が散らばる午後の丘(芝生広場)

このほか、遊具、パーゴラ(つる棚)、展望テラス、あずまや、砂場などがあります。

(株)キタバ・ランドスケープ・プランニングが設計、(株)北海道造園コンサルタントなどが施工した石山緑地はさまざまな賞を受賞してきました。1997年には日本造園学会賞や第8回札幌市都市景観賞、2014年には第1回さっぽろ景観総選挙で1位を獲得しました。

古代ローマ遺跡? 天空の城ラピュタ? などの声がある石山緑地。明治時代から続く札幌軟石と開拓の歴史を思いながら、憩いの場に生まれ変わった独特の景観の中で、ゆっくりと時を過ごしてみませんか?

【映像】石山緑地で遊んでみました!

参考文献:『さっぽろ文庫74 わが街新風景』『郷土誌さっぽろ 石山百年の歩み』『南区開拓夜話~石山軟石の今昔』

出演:こうじょうちょー