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ガラナ飲料って何?なぜ北海道だけで人気なの?打倒コーラの歴史に迫る

ガラナ飲料って何?なぜ北海道だけで人気なの?打倒コーラの歴史に迫る

全国の皆さんは「ガラナ」という飲み物をご存知でしょうか。北海道民であれば一度は聞いたことがあるドリンクでしょう。そして、一度は飲んだことがあるという道民が多いことと思います。しかし全国的に見るとガラナが広く浸透しているわけではなく、北海道だけで普及しており、根強い人気を得ています。

そこで、ガラナをご存じない方のために、ガラナって何?という基礎情報から、なぜ北海道限定で広まったのかという歴史的背景、ガラナにはどんな種類があるのか、このガラナ特集では深堀りしていきます。

そもそも「ガラナ」とは植物の名前!

「ガラナ」とは本来、植物の名前です。ムクロジ科ガラナ属のガラナという植物は、ブラジル・アマゾン川流域が原産地。現地のポルトガル語では「guarana(グァラナ)」と呼びます。これは、現地先住民族グァラニー族が祭りでこのガラナを飲んだことにちなむのだそう。ガラナは丸みを帯びた赤い実をつけるツル性植物で、熱帯地方の植物ですので、北海道で栽培するような植物ではありません。

現地先住民族は、不老不死の薬として、また滋養強壮によい飲み物として愛用していましたが、アンタルチカ社(現:インベブ社)が1921年に、商品としてガラナ飲料の生産を開始しました。これをきっかけにブラジル国内では広く浸透し、ブラジルではコーラと並ぶポジションを維持し続けています。

ガラナ飲料とはいったいどんなドリンクなの?

ガラナ飲料とはいったいどんなドリンクなのでしょうか。飲んだことのない方にはあまりわからないかもしれません。そこで、ガラナ飲料の見た目や味わいについて簡単にご紹介しましょう。

ガラナ飲料の見た目はコーラそっくりです。薄い茶色や黒っぽい褐色をしており、シャンパンのような炭酸飲料です。コーラに比べると独特の甘みと少し薬臭さがあるのが特徴。ドクターペッパーに似たような味と表現する人もおり、その強さは製造会社によって異なります。

製法としては、ガラナの実から抽出したガラナエキス(天然エピカテキン)をもとに、天然水、糖分、カラメル、炭酸、酸味料、香料などを加えて作ります。種子にはカフェインやタンニンを多く含み、カフェインに至っては4.3%の含有量で、コーヒーの3倍とも言われています。カテキン、カリウムをはじめ、15種類のアミノ酸が含まれるガラナ。血液の流れをよくして酸素を身体中に運ぶため疲労回復、肥満予防、動脈硬化にも効果があるとされています。ですからガラナ飲料は、健康にも良いドリンクと言えるのです。

ガラナ飲料って何?なぜ北海道だけで人気なの?打倒コーラの歴史に迫る

道内ではコンビニ・スーパーで普通に売っている!

道内で販売されるガラナ飲料は現在、小原(七飯町)、丸善市町(苫小牧市)、セイコーマート、キリンビバレッジ、ウエシマコーヒー、ポッカサッポロなどが製造や販売をしています。コアップガラナに関しては、小原が全国の9割と圧倒的シェアを誇り、同社の製造分のほとんどは道内で販売しています。パッケージも様々で、缶、ペットボトルが最も多く、コアップガラナは瓶タイプもあります。

北海道ではスーパーやコンビニエンスストアには必ずおいてあり、道民の身近な飲み物として人気を得ています。そのほか観光地の土産店では、動物の図柄をデザインするなど観光客に受け入れられやすいパッケージで販売をしています。メーカーによっては街の自動販売機にも置いてあることがあります。

北海道出身者にとってガラナ飲料は懐かしさを感じるもの。北海道では当たり前にあるドリンクで、中には全国で販売されていると思っている道民もいますが、北海道以外では入手が困難なため、北海道を離れて初めてそのガラナの魅力に気付く人もいます。コーラよりはマイナー感は否めないものの、コーラよりも自然に近く健康志向のソウルドリンクとして親しまれています。


では、なぜ北海道だけでガラナが広まり、北海道限定のロングセラー商品になったのでしょうか。1950年代後半、全国の清涼飲料メーカーの「打倒!コーラ」という取り組みが関係していました。

コーラに対抗すべくガラナを作ろう!

国内には海外のガラナ飲料の製品が早くも1920年代半ばには入り込んでいたことがわかっています。その後国産のガラナエキスを使った飲料が発売され、高級ドリンクとして扱われていました。

戦後の1950年代、世界を席巻してきたアメリカ発のコカ・コーラが、数年後には日本にも本格的に上陸すると言われていました。1950年代当時の飲料メーカーは、ラムネやサイダーの生産が中心(9割)で、コカ・コーラが上陸し広まることへの危機感を募らせていました。そこで、全国の中小清涼飲料メーカーが結束して、対抗できるドリンクを開発しようということになったのです。

参考にしたのは、ブラジルではコーラが苦戦しているという情報。ガラナが普及しているブラジルではコカ・コーラが上陸してもなかなか売れ行きが良くなかったそうです。そこに目を付けた全国清涼飲料協同組合連合会は、在ブラジルの大使館に協力を仰ぎ、原料を輸入。統一した製法で、日本独自の統一ブランド(商標)で元祖ガラナ「コアップガラナ」を生み出しました。アルファベットでは「CO-UP」、「Co-operation(協同)」と「up」を組み合わせた造語です。

コアップガラナ開発に当たっては、日本人に合わせ、ブラジルのガラナより甘みを強くし、京都の舞妓の立ち姿をイメージした瓶に入れることに(当時のコカ・コーラは西洋女性をイメージした瓶だったので外観も対抗)。一般的なサイダーの値段より少し高めの1本45円以上(北海道は60円以上)とし、1960年4月に販売を開始しました。

翌年6月には日本コアップ・ガラナ株式会社が設立。当初は全国各地で製造されており、ピーク時には全国約70社が製造していたとされています。現在は日本コアップ株式会社がコアップガラナの商標を管理しています。

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なぜ北海道ではガラナが広く浸透した?

ここで一つ疑問が生じます。全国各地で製造・販売されていながら、なぜ北海道に残ったのか、という疑問です。

1960年に統一ガラナブランド「コアップガラナ」が発売される前までは、コカ・コーラの輸入は一部制限されていましたが、1961年10月に輸入自由化を受け、コカ・コーラが本格上陸するようになりました。ガラナ飲料は最初の5年で年間2000万本を販売するまでになったものの、コーラが飛躍的に国内シェアを伸ばしはじめ、コーラより先に発売したはずのガラナ飲料も徐々に苦戦するようになっていきました。その結果、生産する会社も徐々に減っていきました。

このように全国的に苦戦するガラナ飲料でしたが、北海道だけは別でした。1960年当時、本州と異なって、北海道ではまだコーラが販売(上陸)されておらず、北海道にコーラが上陸するまで3年かかりました。また、寒さのある北海道では甘さの強いものが受け入れられる傾向もあります。

諸説あるとはいえ、こうした背景もあってか、道内におけるガラナ飲料の勢力拡大は順調に進み、北海道限定飲料として北海道で広く浸透するようになりました。道内では道南の小原が勢力を拡大しましたが、ほかにも各地に製造工場があったそう。

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例えば、オホーツク管内湧別町中湧別の株式会社小池商店はかつて、きれいな地下水を利用して清涼飲料を製造していましたが、その一つとして「アサヒスーパーガラナ」を製造していました。建て替えのため工場もなくなり、当時を知る担当者も亡くなってしまいましたが、この写真にある袋が、かつて湧別産ガラナがあったことを教えてくれています。湧別町小池商店についてはこちらを参照。

こうして、コアップガラナの「打倒!コーラ」の戦略は、北海道でのみ実を結びました。現在はこれほどガラナが販売されているにもかかわらず、広告宣伝はほとんど見られません。それでも売れ続ける、ここに、北海道民の根強いガラナ愛を感じます。

では、ガラナ飲料にはどんな種類があるのでしょうか。各社によって味わいにどんな違いがあるのでしょうか。次の記事では、代表的なガラナ飲料を飲み比べてみました。

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