40年ほど前、牛飼いを生業とすることに憧れて、大阪から北海道へと移住してきた若い夫婦がいました。夫婦は現在、本格的なパン屋さんを営んでいます。
なぜ牛飼いを目指したふたりが、パンを作るに至ったのか? そこにはちょっとした紆余曲折と、ちょっとした運命の導きがあったようです。おいしいパンの紹介と共に、その道のりも覗いてみましょう。
生活のために作りはじめたパンが大人気に
▼奥土農場石窯パン工房
ニセコにある「奥土農場石窯パン工房」を営んでいるのは、奥土盛久さん(68歳)と敦子さん(64歳)のご夫婦です。今から40年ほど前、奥土さん夫妻は大阪から北海道は占冠村へと移住することを決意しました。新規就農で、憧れだった牧場をはじめたのです。
ところが移住から約10年が過ぎた頃、占冠村がリゾート開発に乗り出し、新規就農者がこれ以上新たに土地を購入することは困難になりました。
▼道路沿いに立つ看板が目印
そこで、もっと広く牛を飼える場所を探していたところ、ニセコなら土地が手に入ると聞きつけ、1990年に再入植を果たします。ニセコで土地を確保したものの、今度は資金が足りません。
そこで奥土さん夫妻、生活のためにとうもろこしやかぼちゃ、豆、ジャガイモなどを作ることにしました。
▼看板は少し分かりづらいので、見落とし注意!
それでも生活は苦しく、出荷した残りの作物を利用して、1990年代の終わり頃からパン作りをはじめたのです。
▼奥土さん手造りの石窯
最初は失敗の連続でした。生地の配合、発酵時間、石窯の温度のバランスなどなど、少しずつ調整を繰り返しながら、試行錯誤が続きます。当然のことながら、夏と冬では発酵の具合が異なります。味も変わります。そうしたひとつひとつのことを経験し、学び、手探りでノウハウを獲得していったのです。
▼家族4人で切り盛りする現在
こうして出来上がっていった奥土農場石窯パン工房のパン。その本格的な味わいに、パン好きたちが注目しはじめました。
現在では、息子の雄己さん(30歳)と雅代さん(28歳)も加わり、4人で農場とパン工房を切り盛りする、忙しい毎日を送っています。
自家栽培の素材で作るパンの数々
▼パン工房の入り口
パン好きはもちろん、ワイン好きからも人気を得ているという奥土農場石窯パン工房のパンの数々、いくつか見ていきましょう。
▼店内に並ぶおいしそうなパン
奥に工房があるため、パンを焼いている時はいい香りが店中に漂います。その香りを身にまといながらパンを選ぶ時間も、楽しいものです。中でも人気の高いパンを教えてもらいました。
▼ライ麦パン(税込460円)
自家栽培のライ麦全粒粉を8割使ったライ麦パンには、レーズン、クルミ、キャラウェイシードが入っていて、手に持つとずっしりとした重みを感じます。軽い酸味があり、ワインやチーズとの相性も抜群です。
▼かぼちゃパン(税込400円)
石窯で丸焼きにして甘みの増した自家栽培かぼちゃが、たっぷりと練り込まれています。トーストしてもおいしいですが、レンジで温めると蒸しパンのようなもっちり感が出るのでおすすめです。
▼黒豆パン(税込460円)
石窯でローストした自家栽培の光黒豆を細かく砕き、生地に練り込んだ黒豆パンです。あっさりした塩味なので、シチューなどによく合います。厚めに切ってトーストするのがおすすめです。
▼左から時計回りに、全粒粉食パン(税込500円)ぶどうクルミパン(税込500円)とうもろこしパン(税込460円)
自家栽培の小麦を粗挽きにして練り込んだ全粒粉食パン、女性に大人気のぶどうクルミパン、自家栽培の札幌八列とうもろこしを練り込んだとうもろこしパンなど、どれもこれもおいしそうです。
▼写真中央右寄りの黄色い建物がパン工房
パンの説明に、多くの「自家栽培」という言葉が入るのは、自分たちで育て収穫した作物を可能な限り使おうという志があるからこそ。畑の中にぽつんと建っているパン工房の立地も、そういう所以からなのでした。
▼すくすくと育つ奥土農場のライ麦
ところで、当初の牛を飼いたいという夢はどうなったのでしょうか。ご主人の盛久さんに尋ねてみたところ、「結局牛は飼えなくて、豚を飼ったことはあったんだけどね、逃げ出して他人に迷惑をかけたから、やめちゃった」と、あっけらかんと笑って答えてくれました。
この屈託のなさが、紆余曲折を経ながらも北の大地に根を下ろし、おいしいパンを作るに至った一因なのかもしれません。