日本全国津々浦々に温泉はいくつもありますが、北海道は天塩郡豊富町の豊富温泉は、世界でも珍しい泉質を誇っています。その違いは一目瞭然。お湯を見ると油分が浮き上がり、石油のようなにおいが鼻をつきます。
今、この独特な泉質の豊富温泉が、アトピー性皮膚炎や乾癬などに効くと評判を呼んでいるのです。1926年(昭和元年)の開湯当初から開業している「川島旅館」の歴史と共に、豊富温泉の成り立ちを紐解いていきましょう。
名物女将からバトンを受け取って
豊富温泉のはじまりは大正時代にまでさかのぼります。1925年(大正14年)より石油の試掘を行っていた豊富町で、翌年、地下約960メートルの地点から高圧の天然ガスと共にお湯が噴出したのです。
1927年(昭和2年)には地元の人々が温泉として利用するようになり、地元で材木業を営んでいた川島末吉さんは、人にすすめられるままに旅館を開業しました。それが、豊富温泉と「川島旅館」のはじまりです。(→豊富温泉の歴史や現代の取り組みはこちらの記事を参照ください)
末吉さんの義理の娘である川島幸枝さんが二代目女将となった頃、豊富温泉の効能は地元のみならず北海道内にじわじわと広まりつつありました。
火傷や皮膚疾患などに効くことはすでに昭和初期から認められていましたが、実は豊富温泉には、殺菌効果のあるヨウ素や、古い角質を落とす重曹、化粧品にも使われるメタケイ酸など、肌によいとされる要素がバランス良く含まれていたのです。そして何より、黄濁したお湯に浮かぶ油分が、オイルパックのような効果をもたらします。
▼石油のようなにおいが漂う独特な泉質
二代目女将の幸枝さんは、北海道各地から訪れる常連客に「母さん」と呼ばれ、親しまれていました。しかし、時代が平成に変わって数年経った頃から、景気の悪化と共に客足も遠のき、ピーク時には20軒近くあった宿も少しずつ減っていきます。
そんな折、川島旅館に転機が訪れます。幸枝さんの孫である松本康宏さんが、結婚して豊富町に帰ってきたのです。子どもの頃から、「大きくなったら跡継ぎになるんだよ」と言われていた康宏さん。つまり、奥さんとなった美穂さんは、同時に三代目女将としての運命を担うことになりました。幸枝さんに「自分たちの好きなようにやりなさい」と託され、若いふたりの試行錯誤がはじまります。
「人に恵まれてここまで来たんだと思います。頑張っていると、応援してくれる人が出てきて、つながりが広がっていきます。すると、ビジョンが明確になっていくんです」
当時を振り返り、そう語る美穂さん。2016年7月26日、川島旅館はリニューアルオープンを果たします。それはきっと、ここからかつての活気を取り戻していく、豊富温泉の新たな歴史の幕開けでもあるのです。
湯治目的の人も、贅沢な時間を過ごしたい人も
▼1階には暖炉の前でくつろげるスペースが
リニューアルオープンした川島旅館は、木のぬくもりをたっぷりと感じさせながらも、いかにもモダンで、小物などのディテールにまで行き届いたデザインが女性心をくすぐります。
「豊富温泉を全国レベルの温泉にするために、建物から建て替えたうちだからできる挑戦、役割があると思っています。そのためにも、女性をターゲットに、女性好みのしつらえを心がけました」(美穂さん)
▼ここにいるだけで心地いい空間
ただし、新しい客層を開拓するだけではダメだと三代目女将の美穂さんは言います。
「地元の方や、湯治で来られる方など、これまで豊富温泉を支えてくださった方たちも大切にしたい。だからこそ、どちらのニーズにも応えられるお部屋をご用意しました」
▼貸切露天風呂も付いたデラックスタイプ
▼トイレや洗面のないツイン部屋
デラックスタイプ以外、部屋にトイレや洗面は付いていません。だからこそ価格も安くでき、たとえば1ヵ月湯治したいというお客さんでも、無理なく宿泊することができるのです。
▼湯治目的の人も多く訪れる川島旅館のお風呂
さて、気になるお食事ですが、こちらはご主人である康宏さんの担当です。札幌の料亭で修業を積み、さらにはイタリアンや中華の有名シェフの元で腕を磨いたという経歴を持ち、ジャンルにとらわれない自由な発想が評判です。
▼豚肩ブロックのソテー、海老やホッキの入ったバクダンの他、旅館創業時からある寄せ鍋も
また、康宏さんが開発した「湯あがりプリン」も人気の商品です。全国の北海道物産展で販売されることで、もっと多くの人に豊富温泉のことを知ってもらいたいという願いも込められています。
▼「キャラメル」や「醤油」など種類も豊富
豊富温泉の歴史と共に歩んできた川島旅館。だからこそ、松本さん夫婦はこれからの豊富温泉のことを真剣に考え、今なお模索しています。川島旅館のリニューアルがひとつのきっかけとなり、きっとその思いの輪は広がっていくことでしょう。そして、たとえ全国にその名が知られるようになっても、三代目女将が願うように、昔ながらの良さも失われずにいるに違いありません。
▼階段下には、訪れた子どもたちが遊べるスペースも。左から康宏さん、光永(みのり)くん、美穂さん、光叶(ひかな)ちゃん