初冬にあたる11~12月に北海道東部(道東)の湖沼を訪ねると、不思議な音が聞こえたことはありませんか? その音とは「ピュン、ピュン」。湖面を見ると、凍ってきています。その過程で「アイスバブル」と呼ばれる氷の芸術が出現するようになります。
なぜ、このような不思議な音が鳴るのでしょうか。アイスバブルとはいったい何? 厳冬期の湖沼の結氷の謎に迫ります。
湖が結氷し始めるとピュンピュン鳴く
北海道の中でも東部は湖沼が多く、そのほとんどが冬季になると結氷します。氷点下10°を下回る日が続くと湖面が凍り始めます。そのため標高が高い湖だと、11月には結氷し始めます。凍る面積は徐々に広がり、やがて湖面全体が氷で覆われるようになります(全面結氷)。
結氷し始める11月下旬~翌年1月にかけて、湖がいわば楽器となって神秘的な音を鳴らす現象が確認されます。どんな音がするのか、まずは動画でお聞きください。こちらは釧路管内標茶町にあるシラルトロ湖の、12月10日の様子を収録したものです。ヘッドホン推奨です。
わかりましたか? 「ピュン、ピュン」または「ピョン、ピョン」。「クゥーン」と聞こえる方もいるでしょうか。小さい「ピョン」が続いて急に大きな「ピョン」が鳴ることもあります。その音の長さもタイミングも様々で、短めの「ピョン」もあれば「ピヨーンー」となる場合も。しばらく低めの「ポー」のような音が聞こえてから、「ピョーウン」と聞こえることもあります。ビブラートをきかせる(こぶしをきかせる)音も響きます。
こうした不思議な音は、形容しがたい音です。ゲーム音のような、あるいはSFの音のように聞こえる方もいるでしょうか。UFOの音のようだと表現する人もいます。いずれにしても、地球の自然界の音だとは思えない神秘的な音、宇宙的な音なのです。
湖が鳴く音は小さな音なので、騒音のほとんどない静かな環境であることが求められます。騒音がなければ、周囲にその音だけが響き、場合によってはこだまします。周囲の山に反響して、増幅されて聞こえることもあります。周囲を高さ約350メートルの外輪山に囲まれた摩周湖(釧路管内弟子屈町)は、まさにその好例です。
どの湖で、いつ鳴くのか
湖が鳴くのは、例えば次のような湖沼です。
- 阿寒湖(釧路市)
- 屈斜路湖(釧路管内弟子屈町)
- 摩周湖(釧路管内弟子屈町)
- オンネトー(十勝管内足寄町)
- 糠平湖(十勝管内上士幌町)
- シラルトロ湖(釧路管内標茶町)
- 塘路湖(釧路管内標茶町)
道南や道央では結氷する湖沼が少ないのと、気温の寒暖差が少ないことから、道東の湖沼ほどの音が発生することはありません。
道東の湖が鳴くのは、結氷と関係がありますので、結氷し始めの時期です。ですから、湖の標高や面積、水深、結氷スピードなどによって、鳴く時期が異なります。
例えば、標高623メートルのオンネトー(十勝管内足寄町)では、11月には既に結氷し始め、11月末~12月初旬頃になると(温泉が湧いていて凍らない湯壺を除き)全面結氷してしまいます。それで11月くらいに湖が鳴く音を聞くことができます。
それで比較的小さめのシラルトロ湖や標高が高いオンネトーは11~12月に湖が鳴く音を聞くことができます。一方、阿寒湖や屈斜路湖のような大きく深い湖では全面結氷するのが2月と遅めですので、1月に湖が鳴く音を聞くことができます。
いずれにしても、湖が鳴くのは結氷し始めから完全結氷まで。完全結氷してしまうと、氷が厚くなっているため鳴かなくなります。
湖が結氷し始めるとなぜ音が鳴るのか
ところで、なぜ湖は結氷し始めると音を鳴らすのでしょうか。前述の通り、結氷し始めから完全結氷までの短い間だけであることを考えると、薄い氷に秘密がありそうです。
詳しいメカニズムはまだわからない部分も多いそうですが、凍り始めの薄い氷が膨張したり収縮したりするときに鳴る音だと考えられています。そうした氷が動いて他の氷とぶつかり、割れていくときに鳴るとも考えられています。
冬の道東は晴れることが多く、夜間に放射冷却現象で氷点下20°近くまで下がりますが、その際に収縮。一方で、日中は太陽の暖かさで気温が上がることで膨張します。つまり、一日の気温の寒暖差が生み出す氷の音だったのです。そのため、放射冷却現象が生じて、快晴で、気温がぐんと下がった日に大きい音が聞かれるといいます。
氷の中に泡が?アイスバブル発生の謎
結氷が進み全面結氷に近づくと、透き通った氷の中に泡が発生することがあります。これを「アイスバブル」と呼びます。
湖面がきれいに凍り、透明度の高い氷で覆われるオンネトーでは、12月になるとこのアイスバブルを観察できることでよく知られています。阿寒湖など、他の湖でも結氷の過程でアイスバブルが発生します。
アイスバブルはなぜ発生するのでしょうか。オンネトーや阿寒湖は近くに火山があり、バクテリアに起因するメタンガス、火山ガスなど空気が湖底から噴き出しています。
通常ならこの気泡は湖面に出てきますが、初冬はすでに湖面が結氷しているので凍った氷の下にとどまり、閉じ込められることになります。外気に触れることなくそのまま凍るため、透明度の高い氷の中に白い楕円状のもの、「アイスバブル」となって見えるというわけです。
大雪が降って積もると観ることができなくなるので、全面結氷した直後あたりがおすすめ。太陽にあたって透明度の高い氷がきらきら輝くと、白く凍ったアイスバブルが際立って見えます。
アイスバブルは、氷の中に何階層にもなって発生していることがあります。これは徐々に氷の厚みが増していった証拠。湖面に近いほど古く、湖底に向かうほど新しいアイスバブルです。
アイスバブルがある場所は氷が薄く乗ると割れることもあります。そのため湖岸で、お気に入りのアイスバブルを探してみてくださいね。
なおこの厳冬期、条件が揃うと「フロストフラワー」が湖面に咲き誇ります。