ぽっかり開いた穴から向こう側を覗きたくなる?様似町「冬島の穴岩」

様似町中心部からえりも方向に国道を進んだ先にある冬島地区。冬島漁港の一角に大きな岩があります。それが「冬島の穴岩」と呼ばれる岩です。地名の由来になったほか、江戸時代末期の松浦武四郎が記録に残すなど、歴史的にも重要な岩であるとともに、アポイ岳ジオパークのジオサイトとして貴重なものとされています。

高さ9mの大岩に、高さ2.5mの穴が開く

様似町の海岸線は断崖絶壁が多い地域です。それゆえに交通の難所として知られてきました。以前紹介した日高耶馬渓に4代のトンネルが並ぶ山中隧道はその一つです。

今回紹介する穴岩は、冬島漁港の片隅にあります。大岩は遠くから見ると長方形に見え、高さは9mほどあり、その中央下部に高さ2.5~3mほどの半円状の貫通穴がぽっかり空いています。穴の長さは2~3m程度と長いものではなく、穴の向こう側の景色がはっきりと見えます。

この岩と穴は自然にできたもので、波の力で穴ができた「波食洞(海食洞)」と呼ばれるものです。現在は人が歩いて通れるほどの高さしかありませんが、戦前は高さ9mほどの大きな穴で、満潮時には小さな船であれば穴を通り抜けることができるほどだったといいます。しかしその後、冬島漁港の整備により埋め立てられ、現在の姿になりました。

漁港側から穴の向こうを見れば防波堤が、西側から穴の向こうを見れば漁港とそこに停泊する漁船を見ることができます。まるで覗いているかのような雰囲気が味わえます。条件と天気が整えば穴の向こう側に夕陽を覗くこともできるでしょう。

穴岩の上がかつての波打ち際だった

高さ9mほどの穴岩ですが、岩の上には丸い石が確認されています。段丘礫と呼ばれるもので、海岸線の崖の上からも同じような石が見つかっていることから、この海岸の丘は海岸段丘であり、穴岩の上がかつての波打ち際だったのではないかとされています。

穴岩は黒っぽい色をしていますが、これはかつて地下深くで砂岩と泥岩の堆積岩が高温により変成岩(ホルンフェルス)になったもので、地質的には「冬島変成岩類」と呼ばる貴重なものです。

交通の難所の入口! 冬島の地名にもなった穴岩

アポイ岳の裾野が海に落ち込む断崖が続く交通の難所「日高耶馬渓」の入口にあたります。江戸時代末期の冒険家・松浦武四郎はこの岩を目にし、『東蝦夷日誌』で「おそろしや この岩門を越えゆかば 鬼住む里も有る心地して」と詠みました。昔の人たちはここから東に進む際は様似山道コースを通っていきました。

ちなみにこの地域は冬島と呼ばれていますが、アイヌ語の「プョ・シュマ」の読みに漢字をあてたものです。意味は「プョ」が「穴」、「シュマ」が「岩」、まさにこの穴岩のことを指しています。冬島地区の地名の由来にもなった「冬島の穴岩」で、太古から現代に至るまでの歴史を感じてみてはいかが。