じゃ、他にどんなおいしいお菓子やさんが北海道にはあるのでしょうか?十勝には六花亭や柳月のほかにもおいしいお菓子やさんがいっぱいです(六花亭と柳月についてはこちら)。
「クランベリー」(アンデルセンから社名変更)ではスィートポテト(北海道なのにサツマイモ)が人気です。「柏林台秀月」はいちご大福が有名です。この二つはともに帯広市の銘菓です。池田町の銘菓にはバナナ饅頭(米倉商店)、十勝ワインを使用して作られた羊羹(小松)などもあります。本別町の岡女堂では甘納豆にこだわった菓子が有名です。
空知にもたくさんある銘菓たち!
場所は変わり、空知にもけっこうウマイお菓子が勢ぞろいです。空知の銘菓といえばまっさきに「北菓楼」をあげますね。「きたかろう」と読むこのお菓子やさんは砂川市の国道12号線沿いに本店があります。北菓楼のお菓子といえばバームクーヘン、シュークリーム。そして同じく砂川市内にある「ホリ」も銘菓として名高く、今や北海道を代表する土産菓子になった夕張メロンピュアゼリーがあります(夕張でもないのに)。
砂川市に集中して銘菓があるのは、近隣市町村の炭鉱の歴史によるところが大きく、今でも、先にあげた北菓楼はじめ数社のお菓子やさんが国道12号線沿いで営業しています。2003年には、この”資産”を有効活用して観光客を呼び込もうと「すながわスイートロード」を発足させ、土産観光名所として道内だけでなく全国にアピールしています。
空知といえばあともうひとつ、「赤いリボン」があります。これは空知支庁のある岩見沢市内(札幌市百貨店にも)に数店舗抱える銘菓で、メイプルシフォンなど数々の銘菓を製造してきました。
「日本一きびだんご」!栗山町の谷田製菓が製造販売する北海道だけのきびだんごです。きびだんごといえば岡山県かもしれませんが、北海道のものは長方形のやわらかい板のようなものです。道内の小学校の遠足のおやつ(300円まで)では定番という人も多かったのでは?北海道のきびだんごは大正12年の開拓時代に作られたという古い歴史を持つ銘菓です。きびが入っていない駄菓子ですが、けっこうおいしいのです。
※写真は「松竹屋製菓」のねこのたまご販売セット。デパ地下で買いました。これがうまいんだ。
北海道には各地に銘菓がいっぱい!
その他道内には多数の銘菓が存在していて、生チョコで有名な「ロイズ」(写真)、「きのとや」、ハスカップ菓子の苫小牧市の「三星」、函館市の「五島軒」、江差の「五勝手屋羊羹」、小樽市の「ルタオ」(逆さから読んだだけ)、洞爺湖湖畔のわかさいも本舗製造の「わかさいも」、サイロのチーズケーキで有名な北見市の「清月」、旭川市の壺屋総本店なな花窓館の「壺もなか」や菓子処梅屋のシュークリーム、そして千歳市の「もりもと」も有名です。
「もりもと」は最近好調で、ジャスコなど道内各地に店舗を構えています。店舗内にはお菓子工房があって、出来立てのおいしさを提供しています。1949年創業で、もとはといえばパン製造でしたが、和菓子や洋菓子も作るようになり、いまや道内だけでなく道外からも注目されてきています。もりもとでは「ミルフィーユ」がおすすめです。
※写真は「もりもと」のミルフィーユ。
札幌の銘菓さん!千秋庵と石屋製菓
「千秋庵」。北海道の銘菓の代表とも言える老舗菓子屋です。ちょっとひいきして詳しく取り上げたいと思いますが(笑)、現在千秋庵から分離していった関連各社が道内各地にありますが、もとはひとつでした。
命名は1860年に来道して函館で菓子を販売していた秋田藩士佐々木さんのふるさと、秋田から取った名前のようです。これが千秋庵の元祖ということになります。その後函館から北海道各地に広まっていくことになりますが、まず小樽に小樽千秋庵が1894年(廃業済み)、旭川に旭川千秋庵が1919年、釧路に釧路千秋庵が1934年(廃業済み)と、それぞれ独立しています。
そんな中、小樽千秋庵から独立した岡部さん率いる「札幌千秋庵」(今日の千秋庵製菓)がキーマンとなりまして、そこから仲たがいで分離した岡部さんの親戚が率いる帯広千秋庵、これが現在帯広で大人気の六花亭へと発展していったのです。→千秋庵の親戚・六花亭についての詳細はこちら!
最後に。「石屋製菓」といえば「白い恋人」。コンサドーレ札幌のオフィシャルスポンサーとして、選手のユニフォームにもロゴマークがプリントされています。石屋製菓は、かつては駄菓子を製造していた北海道を代表する菓子製造業会社のひとつで、北海道でも知らない人はいないかなり有名な菓子屋です。その代表でもある「白い恋人」という菓子は1976年に誕生しました。時代の流れであった低価格競争ではなく、「高級化」を選択した結果誕生した「シェルター」がその原型でした。
四角の薄いクッキーにホワイトチョコレートをはさめたこのお菓子は、北海道でしか手に入りません。北海道限定販売の代表です。最初は機内食として提供されましたが、それ以来数十年、「白い恋人」人気は終わることはありません。最近では白い恋人の観光名所といえるテーマパークも建設されています。