食卓に並べられた、色とりどりの美しい花々。さて、今からここにどんな素敵な料理が出てくるのかと、主役の登場を待ちわびているようにも見えます。しかし、今回はこの花々こそが主役です。実はこれ、ある食材で作られた、食べられる花なんです。もちろん、紫やピンクといった色合いも、自然のもの。一体何で作られているのかは、本文を読んでからのお楽しみ。
驚くべきアイデアにあふれる十勝の菓子工房
十勝にある「十勝菓子工房 菓音(かのん)」(以下菓音)を訪れた人は、きっと誰もが「ここは本当にお菓子の工房なの?」と思うはず。というのも、目に飛び込んでくるのが、たとえばこんな1枚の絵だからです。
▼キャンバスに描かれた1枚の絵
キャンバスに描かれているのは、十勝ののどかな風景。空は青く、木々は緑、たくさんの牛が草を食んでいます。立体感もあって、画材は油絵かなぁと思いきや、実はこれ、1枚のクッキーなのです。
▼なんと、すべてクッキー!
クッキーをキャンバスに見立て、アイシングで絵を描いているというから驚きです。ちなみに写真にあるいちばん大きなもので21×26cm、いちばん小さなものでは7×7cm。色を塗り重ね、精巧な筆致で、1枚1枚のクッキーにひとつの世界を生み出しているのです。
そして、さらに驚くべきは、合成着色料は一切使用されていないということ。すべて天然の素材から取り出した色なのです。
▼アイシングに使われている色見本
たとえば、青は海草の色素、緑は熊笹粉末、茶色はコーヒーやココア、といった具合。自然の中から生まれてきた色だから、優しい色合いです。もちろん、お菓子としてもちゃんとおいしい、サクサクで優しい甘さのクッキーです。食べるにはもったいなくて、少し勇気が必要ですが。
▼このバラは何でできている?
さて、冒頭の質問に戻りましょう。トップ写真にもあった花々は、一見すると色とりどりのバラに見えますが、これも食べられる食材で作られています。答えを知ったら、改めて写真のバラをまじまじと眺めてしまうかもしれません。
▼名付けて「ポテトフラワー」
正解は、じゃがいもでした。マッシュしたじゃがいもを花びらにして、こんな美しいバラへと変身させていたのです。ちなみにピンクはノーザンルビー、白は男爵、紫はシャドークイーンという品種を使っています。じゃがいもそのものの色合いで作っているので、こちらも安心して食べられます。
原点は「十勝の素晴らしさを伝えたい」という思い
気になるのは、どうしてこうしたものを作ろうと思ったのか、ということ。作った本人に聞いてみました。菓音のオーナーである、甲賀静香さんです。
▼黙々と作業に耽る甲賀静香さん
東京出身の甲賀さんは、神戸の大手通販会社でバイヤーを経験した後、2005年に北海道へ移住。ホテルのマネージャーや雑誌編集者を経て、帯広市内の食品会社で働いたという異色の経歴の持ち主。
「帯広で食に関わっていく中で生産者さんたちの熱意に触れ、自分にも何かできないかと思ったのがきっかけです」(甲賀さん)
そこで、十勝の食材を使ってお菓子を作ろうと、2010年に菓音を創業しました。経験も技術もゼロからのスタートでしたが、自身のアイデアを武器に、アートクッキーやポテトフラワーといった、他では見たことのない商品を生み出していきました。
▼「ポテトフラワーを十勝発の文化にしたい」と甲賀さん
菓音はあくまでも工房なので店頭販売はしていませんが、たとえばアートクッキーは結婚式などで徐々に注目を集めてきているし、ポテトフラワーはレストランなどさまざまな需要が考えられそうです。菓音では他にも、こんなかわいらしいお菓子を作っています。
▼どれが本物のお菓子でしょう?
上の写真に写っている、左のテーブルと真ん中のテーブルに乗っているケーキは、すべて本当に食べられるお菓子です。さらに戸棚の中のケーキと、椅子にいるクマちゃんも、本物のお菓子。でも驚くべきは、そのサイズなのです。
▼見よ、この小さくて精巧な職人技を!
▼フォークに乗せるとより小ささが際立つ
小さいのに、このリアリティ、このクオリティ。作る工程を想像しただけで、めまいがしそうです。他にも、こんな面白い商品が。
▼一見、何の変哲もないマッチ
ここまで読んできた皆さんなら、もうお分かりでしょう。そう、このマッチに見える1本1本も、実はクッキーなのです。ちなみにかわいいマッチ箱も付いて、5本入りで税込432円。上の写真は撮影用に少し多めにマッチを入れています。
▼誰かにプレゼントすると盛り上がりそう
生産者さんの熱意に触れたことがきっかけだったというオーナーの甲賀さんですが、甲賀さん自身の熱量にも圧倒されました。これだけのものを作り上げる情熱と根気は、並大抵のものではないはずです。十勝の新しい文化がまたひとつ、小さいながらも力強い産声を上げています。