民間開発のロケットとして日本で初めて宇宙空間に到達した小型ロケット「MOMO」が打ち上げられた町、大樹町。全国から注目されるその地に2019年6月、町の人々が大きな期待を寄せる新たなスポットが誕生しました。その名も「蝦夷マルシェ」。MOMOの開発を手がける大樹町の宇宙開発ベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」の創業者で実業家の堀江貴文さんプロデュースのレストランです。
開業前からYouTubeやSNSで反響を呼んでいた蝦夷マルシェ。オープンして早くも、道内外から人を引き寄せているようです。
一面識もなかった男女5人が悪戦苦闘の末に開業
2019年4月9日から約5か月間にわたり毎週火曜深夜にHBC北海道放送(TBS系列)で放送された「北海道独立宣言」。オーディションで選ばれた20~30代の男女5人が、堀江貴文さんに課せられた「100日で大樹町にレストランを開業」という使命を果たすべく、悪戦苦闘する姿を追ったドキュメンタリー番組です。
この「北海道独立宣言」の企画で大樹町にオープンしたレストランが、そう、蝦夷マルシェ。100日での開業を成し遂げたのが平岡稔康さん、万里慧(まりえ)さん、松野貴則さん、新藤まなみさん、さとるサンバさんの5人。全員が飲食業の素人で、道外在住者です。
▼開業メンバーの5人。右から万里慧さん、さとるさん、平岡さん、新藤さん、松野さん
簡単にそれぞれの経歴に触れておきましょう。
リーダーの平岡さんは広島県出身で、中卒にして19歳で造船関係の会社を興した若き経営者。万里慧さんはライブを活動の中心とするシンガーソングライター。松野さんは妻子がある身で脱サラして役者に転身。新藤さんは女優・モデルとして活動中。さとるさんは1日50円の何でも屋。
互いに一面識もない5人は3月2日に北海道十勝に降り立ち、大樹町の一軒家で共同生活を始めました。番組から提供されたのは家と100日分の家賃、生活用品の準備資金20万円のみ。そのためメンバーは町内のスナックやバー、牧場でアルバイトをして生活費を稼ぎながらレストラン開業を目指すことになるのです。
クラウドファンディングで開業資金を募り、居抜き物件を見つけてリノベーションに精を出し、北海道の食材を取り寄せては試食を重ねてメニューを開発。メンバー5人は「早朝から」あるいは「深夜まで」アルバイトをしながら睡眠時間を削って開業準備に奮闘します。その合間に、町内のイベントや青年会の集まりに参加して町の人々と親交を深め、SNSでの情報発信にも努めました。
時には堀江さんから強烈なダメ出しをされたり、メンバー間で齟齬が生じて喧嘩になったりしたことも。それでも「絶対に100日でレストランをオープンさせる」という全員共通の思いが揺らぐことはなかったようです。
そんな彼らを支えたのは、リノベーションや資材調達に救いの手を差し伸べた町の人々の協力であり、テレビやYouTubeで「北海道独立宣言」を見た人たちからの声援。
周りからのこうしたサポートと400万円以上に達したクラウドファンディングの支援金、そして何より本人たちの真剣さと頑張りによって、蝦夷マルシェはついに開業の日を迎えます。オープンした6月8日はなんと、メンバーが大樹町で初めて顔を合わせた日から数えて99日目でした。
コンセプトは「北海道のおいしいお取り寄せレストラン」
国道236号を大樹橋の手前で右折し、数メートル進んだあたりに建つ1軒家。そこが蝦夷マルシェです。店の前に立つとまず、建物の壁に取り付けられた提灯が目に留まります。
▼1軒屋の蝦夷マルシェ
メンバーが自分たちの手でリノベーションした店内を見渡せば、レストランというより居酒屋風。漆喰の壁、天井の提灯、リメイクされたテーブルやカウンターなどそこかしこに手作り感が漂い、いい味を醸し出しています。
店の造りは居酒屋然としているものの、コンセプトはあくまで「北海道のお取り寄せレストラン」です。
まず、メンバーがお取り寄せのリサーチとセレクト、食材の調理などを分担。全員で試食した後、堀江さんに提案。食通としても知られる堀江さんの“舌”によるチェックをクリアした食材を蝦夷マルシェで提供しています。
メニューはいわゆる食堂のような構成で、麺類や丼物からおつまみ系まであり。食事が目的、飲みがメイン、どちらであっても楽しめます。
麺類の一番人気は、北海道産小麦を100%使用した望月製麺所(登別市)の「ちょっと汁あり担々麺」(800円)。モチっとした太めの麺に辛みの効いた汁と生卵がいい具合にからみ、後を引くうまさです。
▼ほどよく辛い「ちょっと汁あり担々麺」
同じく望月製麺所の「醤油ラーメン」(800円)は、肉厚のチャーシューがトッピングされた満足感を得られる1杯。あっさりした味わいで、飲んだ後のシメのラーメンとしてもうってつけ。
▼正統派の「醤油ラーメン」
十勝の丼物といえば豚丼ですが、蝦夷マルシェの「かみこみ豚のやわらか豚丼」(700円)は五日市(帯広市)から取り寄せた「かみこみ豚」を使っています。赤身に脂が差し込んだ霜降りのような豚肉で、とても柔らかくてジューシーです。
▼ガツンと食べたいなら「かみこみ豚のやわらか豚丼」をぜひ
「中札内の名物からあげ〜パピポピ仕様〜」(800円)も外せません。堀江さんが絶賛する東京のレストラン「パピポピ」秘伝の竜田揚げのタレを再現し、そのタレに中札内若どり(中札内村)の銘柄鶏「中札内田舎どり」を漬けて揚げています。
▼「中札内の名物からあげ〜パピポピ仕様〜」はこのボリューム
おつまみ系では「晩酌セット」(1,500円)が一押し。望月製麺所の「炙りチャーシュー」、メンバー松野さん仕込みの「松野家のキムチ」、中札内村名産「枝豆」の3品でこの値段は断然お得です。
▼粋な3品の組み合わせ「晩酌セット」
ドリンク類も高級シャンパンからワイン、日本酒、焼酎、ビールと、ほとんどのアルコールが揃っています。中でも人気なのが、蝦夷マルシェの名物ドリンクとも言える2品です。
まずは、メンバーが視察に行き衝撃を受けた札幌の「たこ焼きと鉄板焼きコロコロ」直伝の「ゴロゴロレモンサワー」(800円、大1,000円)。凍結させたレモンがまさにゴロゴロ入っています。メガジョッキ入りの大だと、なんとレモン約2個分の15カットも。飲み進めて凍結レモンが溶けた頃に「追いサワー」(500円)を注文し、レモンサワーを追加して飲むお客さんも多いようです。
▼「ゴロゴロレモンサワー」は大サイズがおすすめ
名物ドリンクもう1品は「生姜香る美味しいモスコミュール」(800円)。生姜のスライスを漬けたウォッカとジンジャービアで作るカルテルで、平岡さんと新藤さんが東京にあるモスコミュールのおいしい店で学んたレシピを参考にしています。
▼生姜のスライスが決め手の「生姜香る美味しいモスコミュール」
「頑張っているから応援したくなる」と通う地元の人々
蝦夷マルシェの売りは、北海道のお取り寄せ料理やオリジナルドリンクだけに限りません。というよりむしろ、「エンターテインメントが店の看板」と平岡さん。万里慧さんも「エンターテインメントに関しては他の店に負けない」と言い切ります。
目玉の1つはカラオケ。シンガーソングライターでもある万里慧さんの熱唱に、店内が大いに盛り上がることもしばしばです。お客さんからリクエストがあれば、メンバーは当然マイクを握ります。
▼リクエストに応えてカラオケで店内を盛り上げる
近頃、都会を中心にイスラム圏発祥のシーシャ(水タバコ)が密かなブームを呼んでいるようですが、驚くことに蝦夷マルシェでも体験(2時間2,000円)できます。大樹町で初シーシャにトライしてみるのも楽しいのではないでしょうか。
▼シーシャを楽しむ十勝のYouTuber「エキロラン」
また蝦夷マルシェでは、ものまね芸人によるパフォーマンスやボードゲーム大会など様々なイベントも開いています。Twitterで発信される情報をお見逃しなく。
もっとも、蝦夷マルシェの一番の魅力は開業メンバーの存在と言っていいかもしれません。連日のように地元客でにぎわうのも、「北海道独立宣言」の放送が終了した後もメンバーがお店に立ち続けているからに他ならないでしょう。
クラウドファンディングで支援金を投じた大樹町の原口聖隆さんは「メンバーが共同生活を始めた頃からミニバレーを通じて交流するようになり、人柄に惹かれました。店に来れば彼らと話ができて楽しいし、みんなで必死になって開業させた店だと知っているから応援の気持ちもあって通っています」と話します。
▼料理には手間をかけず、お客さんとのコミュニケーションに力を注ぐ
町内の神山電気商会社長の神山良仁さんも「よそから来た若者が町を元気にするために頑張っている。大樹町にはいい刺激になっているんじゃないでしょうか。町民としては自ずと応援したくなりますよ」と言い、地元のお客さんの気持ちは共通しているようです。
その一方で、「北海道独立宣言」を見て札幌から車を走らせてくる人や、道外から訪れる観光客も珍しくありません。もちろん、蝦夷マルシェは新規客にとっても楽しいお店。気が付けばきっと、地元の常連さんと仲良く飲んでいるはずです。
▼この日も店内は地元客でにぎわっていた
全国から足を運んでもらえる店を目指して
蝦夷マルシェは現在、平岡さんと万里慧さんが共同で経営し、アルバイトのスタッフを雇用し運営しています。それぞれの立場は、平岡さんが代表経営者で万里慧さんが店長。ちなみに、万里慧さんは東京から住民票を移し、7月5日に晴れて大樹町民となりました。
▼厨房に立つ平岡さんと万里慧さん
松野さんと新藤さんはすでに拠点を東京に戻し、本業を再開しています。とはいえ2人は、今後も不定期ながらお店に立つとのこと。この先も大樹町と関わり続けるそうです。もう1人の開業メンバー、さとるサンバさんは残念ながら8月中旬をもって蝦夷マルシェから手を引き、大樹町を去りました。
オープン後に不穏な空気が漂った時期もあったようですが、それを乗り越え、今は平岡さんと万里慧さんが同志となって気持ちも新たに蝦夷マルシェを切り盛りしています。「ある騒動を経て、2人の結束はより強くなりました」と万里慧さん。地元のお客さんたちはある騒動を知りながらも蝦夷マルシェを見捨てることなく、足繁くお店に通っています。
開業メンバーのリーダーとして誰よりも大きなプレッシャーを抱えながら奔走してきた平岡さんは、大樹町に対する思いをこう口にします。
「100日で開業することができたのは、町の人の助けがあったからこそです。大樹町に貢献するためにも蝦夷マルシェを地元に愛される店にし、道内各地や本州からもどんどん足を運んでもらえる店にしたいですね。開業すればいいというわけではなく、ちゃんと営業し続けることが大事。それが町の人への一番の恩返しになると思います。
蝦夷マルシェは今後、全国でフランチャイズ展開していく計画です。ただし、東京店は直営にしますが。大樹の蝦夷マルシェは本店になるので、全国から注目されるような店にしていかないといけない。蝦夷マルシェを通じて北海道と大樹町の魅力を発信できれば、そんな嬉しいことはないですね」
必ずや、地方創生の一助になるであろう蝦夷マルシェ。大樹町を元気にするのは、宇宙に飛び立つMOMOだけではないのです。蝦夷マルシェを訪れ平岡さんと万里慧さんのバイタリティにパッションに触れるうち、地方や地域で新たな活力を生み出すことに挑戦してみたくなるかもしれません。