函館に住む、あるいは函館出身の40代後半から50代以上の方なら知る人の多い「ザリージ」という食べ物について聞いたことはおありだろうか。「ザリージ」という語感からは何か得体の知れない料理を想像してしまうが、何のことはない豚のザンギ風天ぷらのことである。
ザリージは、その昔函館に数多く存在したという中華料理店で幅広く提供されていた定番メニュー。今で言うとラーメン店でビールのつまみにチャーシューや餃子を頼むような感覚で、サイドメニューとして多く食されていたらしい。また、ザリージをメインのおかずにした「ザリージ定食」をメニューに掲げていた店もあったという。時には主役にもなる名脇役「ザリージ」の前途は明るいかに見えた。だが、食文化の多様化が進んだ1980年代以降、中華料理店の閉店が相次ぐとともにザリージの存在は次第に函館市民の記憶から薄れていった。今では、函館でザリージを提供している飲食店は片手の指に余るほどだ。
そんな「ザリージ」にもう一度脚光を当てようと立ち上がった男たちがいる。函館のタウン情報誌「jam函館」を発行するユウキ広告企画の川崎啓太社長と、大門横丁の中華風居酒屋「いか家」の久末誠店主を中心とする市民有志だ。彼らは函館や道南の『豚食文化』の歴史を象徴的に表す食べ物として「ザリージ」に着目。市民からの聞き取りと歴史的背景の考察を元に、当時のザリージの復刻に取り組んだ。
はっきりとした文献資料がないために不明な点も少なくなったが、現在50代から60代の人も「子どもの頃に食べた」と証言していることから、戦後間もない頃にはすでに存在していたことが推測された。また、人によって味の記憶があまりにもまちまちであることから、決まったレシピはなく、その店によって味付けが異なったであろうこともわかってきた。さらに、ザリージはあくまでも中華料理店で食べるもので、各家庭では鶏肉のザンギが食べられていたこともわかった。これは、豚肉を使うことの多い中華料理店が食材のロスを嫌い、鶏肉の代わりに豚肉でザンギ風のものを作ったからではないかと考えられる。こうした数々の記憶を元に復刻された「ザリージ」は、2012年8月に大門横丁のイベントで復活デビュー。9月に実施された「はこだてグルメサーカス」でも大々的に販売され、大好評を博した。
復活ザリージでは、豚モモ肉のブロックを使用。注文を受けてから6ミリほどの厚さに切り出し、合わせダレをもみ込んで3分ほど漬け込み、一旦上げてタレを切ってから衣を付けてサッと揚げる。合わせダレは、調味料が豊富ではなかった当時の状況を踏まえて醤油・砂糖・日本酒に生姜やごま油などを加えたオーソドックスなものにしている。タレに漬け込んでから一旦ザルに上げてタレを切るのは、衣の色を濃くしないため。「ザリージの衣は白っぽかった」との人々の記憶を再現している。この復活ザリージは現在、大門横丁内の「いか家」と「てらや」の両店で食べることができる。
今回ザリージを復活させた市民有志は、ザリージを函館の名物として再び定着させるべく「函館ザリージ普及委員会」を設立。レシピの公開などを行い、函館の外食産業にザリージを浸透させるべく働きかけていく考えだ。
なお、同委員会のこれまでの調査では「ザリージ」の語源はわかっておらず、さらなる調査が待たれる。