【最強】絶対に読めない釧路町沿岸部の難読地名群

賤夫向、重蘭窮、入境学、冬窓床、浦雲泊、分遺瀬。

実はこれら、道東の釧路管内釧路町の太平洋岸にみられる難読地名の数例です。ここは知る人ぞ知る、北海道でも屈指の難読地名密集地帯。アイヌ語由来の地名に慣れているわたしたち道民でも、漢字を読むことがほぼ不可能な地名のオンパレードなのです。

釧路町の海岸線にある難読地名は、読み方は3文字から7文字と様々なのに、ほぼすべて漢字3文字で形成されているのが特徴です(例外は昆布森村幌内くらい)。

釧路町内で掲示されるポスターにも難読地名が

明治初期の1872年(明治5年)頃にはこの海岸線に3村が形成されており、1875年(明治8年)に昆布森村、跡永賀村、仙鳳趾村と漢字表記が定められました(開拓使根室支庁布達全書)。他の小字名はその頃に漢字があてられたと考えられています。

では、釧路町沿岸部の難読地名をご紹介しましょう。厚岸湾側から釧路市方面に向かって順番にご紹介しています。あなたはいくつ読めますか?(※比較的簡単に読めそうな地名は一部割愛しています。)

釧路町沿岸部の難読地名を含む地名一覧

重蘭窮

厚岸湾に面する旧仙鳳趾村 仙鳳趾港の北側にある海岸沿いの地名。道道142号線沿いに「釧路町仙鳳趾村重蘭窮」として住所表記が残っていて郵便番号も振られています。その地区内に住宅もあるほか、水産会社、水産会社の牡蠣加工所、仙鳳趾厳島神社、仙鳳禅寺などがあります。

かつて「重蘭究」とも表記しました。そのまま読むと「じゅうらんきゅう」となるでしょうか。実は「蘭」しかそのまま読みません。「重」は「ジュウ」「チョウ」「え」「おもい」「かさねる」。「窮」は「キュウ」「きわめ」などと使いますが、どの読みかたにも似ていません。「重」を舟を意味する「チプ」、「窮」を「けうし」と読ませるのですから意味不明です。それゆえに難易度マックスの地名といえるでしょう。

正解は「ちぷらんけうし」。国土地理院地図では「ちぶらんけうし」となっています。

読み方ちぷらんけうし
由来と意味cip-ranke-us-i(チㇷ゚ ランケ ウシ=舟・下ろす・いつもする・所)
舟を海に出していたところ
難易度★★★★★
重蘭窮(ちぷらんけうし)

仙鳳趾

厚岸湾に面し、1872年(明治5年)から1919年(大正8年)まで存在した仙鳳趾村。現在も「釧路町仙鳳趾村仙鳳趾」として住所表記があり、漁港も近くにあります。現在の漁港付近は「別太」と呼ばれており、かつては「別風土」と表記することもありました。このあたり一帯は別太川河口部にあり、周囲一帯を仙鳳趾と呼びます。北海鉱業仙鳳趾炭鉱が1946年(昭和21年)に開業しています。

仙鳳趾産牡蠣の養殖が有名なので、読めるという方も多いのではないでしょうか。問題なのは「鳳」の部分。「ホウ」「ブウ」「おおとり」と読むのが普通ですが、半濁音の「ポウ」と読ませます。

古くは『天保郷帳』の中で「クスリ持場」の「センホウジ」が記載(当時は南側の古番屋と思われる)。1873年(明治6年)の『釧路国地誌堤要』に仙鳳趾村と表記され、南東向きの仙鳳趾港が既にありました。『北海道巡廻日記』には「センホーシ元番屋」「センホージ新番屋」、『ケプロン報文』には「センポジ村」、そのほか「ゼンボウジ」「セツプヲウシ」「セツホウシ」「セツフヲヲチ」「せつふほじ」「せつほうし」と記録されました。1975年(明治8年)に漢字表記に改められていますが、翌年の大小区画沿革表では読みは同じながら「仙鳳路」と表記されました。漢字表記はその他「善方智」「善方地」「善法地」「善法知」「仙鳳寺」「善法寺」とも表記されました。

読み方せんぽうし
由来と意味cep-pop-us-i(チェッ・ポㇷ゚・ウㇱ・イ=魚が・跳ねる・いつもする・ところ)
ceppo-oci(チェㇷ゚・ポ・オチ=小魚・いるところ)
明治時代はニシンの地引網漁が盛んで、後にサケ定置網が行われるなど湾内に魚が多く、漁場として栄えた
難易度★★★
仙鳳趾(せんぽうし)

尻羽岬

旧仙鳳趾村の中で、東方向に大きく突き出して太平洋と厚岸湾を隔てる岬。現在も「釧路町仙鳳趾村シリッパ岬」の住所表記が残っています。「尻羽」は「しりはね」「しりわ」などと読みたくなりますが、「尻」は「しれ」、「羽」を「ぱ」と読ませています。なぜ「知」をあてなかったのか不思議です。ただ、「シリバ」「シリッパ」とも読むようです。

近世の文献では「シリハヱト」「シレハ岬」「シレハサキ」「シリパエト」などと記録され、岩礁があることから航行の難所とされてきました。なお、「シレパ」のほか「ノトロ」「ノテド」などとも呼ばれていたようです。ちなみに、1643年(寛永20年)オランダ東インド会社のカストリクム号が厚岸に入港した際には「サンタネール岬」と命名しています。なぜ?

読み方しれぱみさき
由来と意味sir-pa(シリ・パ=断崖・崎)
地の頭の出ている岬
難易度★★★
尻羽岬(しれぱみさき)

去来牛

太平洋に面する旧仙鳳趾村の地名のひとつ。尻羽岬から1~2㎞ほど西側に位置します。現在も「釧路町仙鳳趾村去来牛」として住所表記があり、去来牛川、去来牛神社があります。

去るんだか来るんだかどちらかにしてほしい漢字表記ですが、釧路町沿岸部の中では読み方は意外にも難しくありません。「去る」の送り仮名がないバージョンでお読みいただければと思います。明治時代には「サリキウシ」などと表記しました。

読み方さるきうし
由来と意味sarki-us-i(サㇽキ・ウシ=葦・多くある・所)
昔から沢に葦が群生していたと思われる
難易度★★
去来牛(さるきうし)

知方学

旧仙鳳趾村の中で太平洋に面する集落。現在も「釧路町仙鳳趾村知方学」の住所表記が用いられています。旧仙鳳趾村において唯一、釧路町立知方学小学校があり、児童十数名が通学しています。知り、学ぶと読む地域に、小学校があるのは地名にふさわしいと言えるでしょう。そのほか知方学川、知方学神社、知方学生活改善センター、知方学浄水場、気象庁のアメダスがあります。

漢字の読みはどれも素直には読みません。「ちほうがく」ではないのです。ひねりをきかせて読む必要があります。「知」は「チ」、「方」は「ポ」、「学」は「まなぶ」とは読まずに「まない」と読ませます。「チ」と「ポ」の間に「ッ」を入れれば「ちっぽまない」の完成です。

ただし、釧路町が掲げる案内看板では「ちぽまない」、青い看板のローマ字表記では「chihomanai」、小学校の読み方は「ちほまない」であり、メールアドレスも「chihomanaisho」となっています。江戸時代・明治時代には「チホヲマナイ」「チェプヲマナイ」「チホマナイ」「ツボマナイ」などと表記しました。

読み方ちっぽまない
由来と意味cip-oma-i(チㇷ゚・オマ・ナイ=舟・ある・川)
cep-oma-nay(チェㇷ゚・オマ・ナイ=魚・いる・川)
川口に魚がたくさん集まるところ。チカ、コマイ、サケの稚魚などが集まるらしい
難易度★★★★
知方学(ちっぽまない)

老者舞

旧仙鳳趾村の太平洋に面する漁村。現在も「釧路町仙鳳趾村老者舞」の住所表記が存在します。周辺沿岸部では数少ない漁港があり、そのため集落が形成されています。老者舞川が大黒岩の脇から太平洋に注ぎ込んでいるほか、老者舞神社、鮮魚店があります。

普通に漢字を読めば「おいしゃまい」「ろうじゃまう」などとなるのでしょう。一般的な読み方は「者」の「しゃ」だけで、「老」は「お」、「舞」は「まっぷ」と読ませます。「おしゃまっぷ」。「長万部(おしゃまんべ)」に似ていますね。

江戸時代・明治時代の古文書では「ヲエシヤチマエ」「ヲエチヤンマフ」「オエサマプ」と表記されてきました。戦時下の1945年(昭和20年)には米軍爆撃機による奇襲を受けたことがあります(被害なし)。

読み方おしゃまっぷ
由来と意味o-ican-oma-p(オ・イチャン・オマ・ㇷ゚=川尻に・鮭鱒産卵場・ある・もの)
o-samatki-p(オ・サマッキ・ㇷ゚=河口が・横になっている・川)
川の名前に由来すると思われるが諸説あり。釧路町設置の看板では「川尻に倉の形をした岩山があるところ」と表記
難易度★★★★
老者舞(おしゃまっぷ)

分遣瀬

旧仙鳳趾村の太平洋に面する高台の地名。現在も「釧路町仙鳳趾村分遣瀬」と住所表記され、道道142号線沿いに数件の集落がある程度です。

漢字をそのまま読めば、「ぶんけんせ」となるでしょうか。一般的な読み方ができるのは「瀬」しかありません。「分」は「ブン」「フン」「わける」でもなく「わか」と読ませます。続いて「遣」は一般には「ケン」「つかわす」と読みますが、まったく見当もつかない「チャラ」と読ませるのですから恐れ入ります。

明治時代は「ワㇰカチャラセ」と表記されました。現在の読みは「わかちゃらせ」です。由来と意味からも分かるように、崖の上を道路が走っており、滝のように水が滑り落ちる場所です。読み方の難易度が高い地名の一つです。

読み方わかちゃらせ
由来と意味wakka-carse(ワㇰカ・チャラセ=水が・ちゃらちゃら)
水が崖を滑り落ちるさまを描いた表現
難易度★★★★
分遣瀬(わかちゃらせ)

賤夫向

旧仙鳳趾村の太平洋に面する地名。現在は「釧路町仙鳳趾村賤夫向」という住所表記で残っています。こちらも崖のある海岸にあります。道道142号線の「セキネップ展望広場」「セキネップ林道」はカタカナ表記です。明治時代にはヨウ素製造工場があったほか、1941年(昭和16年)には地名の由来通りがけ崩れが発生し、離村が相次いだそうです。

漢字を素直に読むと「せんふこう」になるでしょうか。ただ、この地名は難易度マックスレベルの難しさがあります。まず「賤」は「セン」「ゼン」「いやしい」「あやしい」「やすい」「しず」と読むのですが、そのどれも当てはまりません。「夫」も「向」もどうがんばっても読めない読み方なのです。

正解は「せきねっぷ」。百歩譲って「賤」は名残があるのでよしとしても、「夫向」で「ねっぷ」はありえない・・・・・・。せめて逆に「夫」を「ぷ」と読ませるなら理解しますが、当て字ともいえないので「セキネップ」とカタカナ表記をするのでしょう。古文書では「セッフヌケッフ」「セフヌンケ」「チェプヌルンゲプ」などと表記していたようです。

読み方せきねっぷ
由来と意味chep-un-rutke-p(チェプ・ヌルンゲ・ㇷ゚=魚・そこにいる・崩れる・所)
はげ山ゆえに小石が崩れるところ、魚が下るところ
難易度★★★★★
賤夫向(せきねっぷ)

入境学

旧仙鳳趾村の太平洋岸にある地区。現在は「釧路町仙鳳趾村入境学」と住所表記されています。海岸線に下って行ったところに集落があります。

漢字をそのまま読めば「いりきょうがく」「にゅうきょうがく」となるのでしょうか。でも感の良い方なら既にわかる部分があります。「知方学」で出てきた漢字「学」は同じ読み方をします(まない)。問題は「入境」です。「にゅうきょう」でなければなんでしょうか。この2文字で「にこ」と読ませるのです。

正解は「にこまない」。古文書では「ニヲケチマナイ」「ニヲケマナイ」と表記されました。

読み方にこまない
由来と意味ni-ko-o-ma-nay(ニコオマナイ=流木・向かって・川・尻・泳ぐ・川)
ni-o-ki(ニオキ=流木・多い・茅原)
諸説あり
難易度★★★★★
入境学(にこまない)

初無敵

旧跡永賀村の太平洋に面する地名。現在は「釧路町跡永賀村初無敵」と住所表記が遺されています。岩礁が多い海岸線であり、かつては昆布漁のために民家がありましたが、現在は一戸もありません。海岸に通じる道路もありません。

漢字の読みは「無敵」は一般的な「むてき」で、「初」の部分だけひねりが必要。「初」は「ショ」「はつ」「はじめて」などと読まれますが、例外的に「ソ」と読まれることもあります。それで「そむてき」と読ませるのが正解です。「無敵」って負けず知らずの強いイメージがありますね。

古文書では「ションテキ」「ソンデキ」「ソンテキ」「シュンテキ」「ソントキ」などと表記され、コタン名や岬名で使われました。釧路町が設置する地名看板では「ソンテキ」と表記されます。アイヌ語の読みは「トンテキ」。おいしそうです。

読み方そむてき(そんてき)
由来と意味to-un-tek(ト・ウン・テㇰ=沼・のような・状況を呈する=沼のような静かな浦)
難易度★★
初無敵(そむてき)

冬窓床

旧跡永賀村の太平洋に面する地区。現在は「釧路町跡永賀村冬窓床」と住所表記されます。冬窓床川が流れており、河口付近に集落がありました。ローソク岩が近くにあります。

まともに漢字を読めば「とうそうしょう」。「冬」は「トウ」「ふゆ」、「窓」は「ソウ」「まど」、「床」は「ショウ」「ゆか」「とこ」と読みますが、まず誰も初見で読むことはできないでしょう。「冬」は多少かすっていますが、「窓」も「床」もそうは読めないからです。そして、読み方が3文字ということもそれに拍車をかけます。

正解は「ぶいま」。または住所表記では「ぶゆま」と読まれます。「ぷゆま」と読まれることもあります。なんでそうなった!という代表例。『北海道の地名』によると「冬窓麻(ブユマ)」(加茂家干場台帳)と書かれたこともあり、それが変化したとも考えられます。であれば「窓」はいらない。あるいは、由来にある「穴」を「窓」に例えたのでしょうか。穴のあったローソク岩の片側の岩が欠けてしまったことにちなむともされています(更科源蔵『更科源蔵アイヌ関係著作集(6)アイヌ語地名解』)。

当て字の理由はともかく、最強難読地名筆頭株。古文書では跡永賀にくっつけて「フイヲヤアトイカ」「ブヨマアトイカノ岬」「ブトマアトイカ」「フイマアトイカ」「フヨマアトイカ」と呼ばれてきました。

読み方ぶいま(ぶゆま)
由来と意味puy-moy(プイ・モイ=穴の・入江)
岬の影の穴の入り江のこと。海の中に立っているローソク岩との説も。
難易度★★★★★
冬窓床(ぶいま)

跡永賀

旧跡永賀村の由来になった場所。1872年(明治5年)頃から1919年(大正8年)まで存続した村の名でもあります。1870年(明治3年)に奥羽から十数戸が移住し、一時はかなり栄えたと言います。現在は「釧路町跡永賀村跡永賀」と住所表記が残っています。跡永賀川があり、河口付近に集落、砂浜の船着き場があります。かつてタコの加工場、跡永賀炭鉱跡(1913年(大正2年)操業)があり、跡永賀小学校跡は公民館として活用されてきました。

漢字表記の読みはそんなに難しくはないと思いますが、いかがでしょうか。「あとえか」と読みます。古文書では「アトヨカ」「アトイカ」「アテヨカ」「アトヱカ」などのほか、前項の「冬窓床(ぶいま)」で述べた通り「ブイマ・アトエガ」とくっつけて呼ばれていました。初無敵・冬窓床などを含めて総称の跡永賀と呼んでいたようです。旧村名は「あとえが」と読み、現在の住所表記では「あとえか」と読みます。

読み方あとえか
由来と意味atuy-okake(アトゥイ・オカケ=海の・跡)
難易度★★
跡永賀(あとえか)

龍双霊

こちらについては読み方が現代でもわかっていない地名です。明治初期の『加茂家干場台帳』に記録されており、跡永賀と浦雲泊の間にあることはわかっていますが、読み方が不明です。「龍」ではなく「襲」だった可能性も否定できません。読み方は「オソウンクシ」とする説がありますが、はっきりしていません。

浦雲泊

旧跡永賀村の太平洋に面する地域。現在は「釧路町跡永賀村浦雲泊」として住所表記されています。海岸沿いに集落があり、昆布干場も数カ所に点在しています。集落の東側には浦雲泊川が海に注いでいます。かつて裏山に炭鉱があった時代はこの海から石炭を搬出したそう。

漢字をそのまま読めば「うらうんとまり」「ほうんはく」とかになるでしょうか。「泊」についてはアイヌ語を知っている人ならそのまま読むことを予想できるかもしれません。問題は「浦雲」。これで「ぽん」と読ますとは驚きです。確かに「浦」を「ほ」と読ますことがありますが、「雲」の部分を「うん」として二文字で「ぽん」と読ますとは。正解は「ぽんとまり」です。

古文書では「ホントマリ」「ポントマリ」「ボントマリ」とあるほか、「ポントマリ岬」と岬の名前でも使われていたことがわかります。「ポンドマリ」と発音する人もいるようです。単純に「本泊」とすればよいと思うのですが、漢字3文字にこだわっているのでしょうか。

読み方ぽんとまり
由来と意味pon-tomari(ポン・トマリ=小さい・泊地)
舟がかりができる小さな入江
難易度★★★★
浦雲泊(ぽんとまり)

十町瀬

旧跡永賀村の太平洋岸にある地名。現在は「釧路町跡永賀村十町瀬」となります。十町瀬川が流れており、付近には奇岩(タコ岩・立岩・トド岩)があり、その周辺に小屋がありますが、直接海岸の集落に通じる整備された道はありません。

読み方はそんなに難しくなく、「とまちせ」と読みます。古文書では「トマツセ」「トマチセ」「トマチヱ」「トマツイ」「トマチイ子」と記録されています。

読み方とまちせ
由来と意味toma-ci-e-nup(トマ・チエ・ヌㇷ゚=エゾエンゴサクの塊根・我ら・食べる・野)またはトマ・チ・セㇷ゚=エゾエンゴサクが広く群生しているところ
to-oma-tise(ト・オマ・チセ=海・にある・家(岩))
その他、遠くからトドの声が聞こえたことに由来する説もあり
難易度
十町瀬(とまちせ)

来止臥

旧昆布森村の太平洋岸にある地域。現在は「釧路町昆布森村来止臥」と住所表記されます。海岸の高台に来止臥野営場、キトウシキャンプ場、野営場の遊歩道がめぐらされています。

漢字の読みは「来」「止」はすんなり読んでかまいませんが、問題は「臥」。普段使いしない漢字であるだけでなく、本来は「ガ」「ふす」「ふしど」と読みます。見当もつかない読み方をするのですが、答えは「うし」。「きとうし」と読みます。かつて「きとぶし」とも読まれました。読み方そのものは道内各地でよく見かけるものですが、漢字が難しい。

読み方きとうし
由来と意味kito-us(キト・ウシ=きとびる(ギョウジャニンニク)の群生しているところ)
難易度★★★
来止臥(きとうし)

節古籠(伏古)

旧昆布森村の昆布森の東側に位置する地域。「伏古」と表記されますが、住所表記では「釧路町昆布森村フシコ昆布森」「釧路町昆布森村節古籠」があります。「籠」は「こもり」と読むのですが、「節古籠」で「ふしこもり」と読ませます。フシコ昆布森を3文字に収めるためにこうなったのでしょうか。

「伏古」は札幌にもある地名で、「フシコタン」つまり古い村という意味です。古文書では「フシコ」の名は出ておらず、「フシコ昆布森」(フシュココムプモイ)という地名から、昆布森の古い村ということになります。海岸浸食で砂浜が削られたため、1978年(昭和53年)に昆布森市街に集落を移転したという経緯があります。

読み方ふしこもり(ふしこ)
由来と意味フシ・コタン=古い村、元の村
難易度★★(★)
節古籠(ふしこもり)

舳提辺

こちらは地図上でどこを指すのか不明とされている地名ですが、『北海道釧路国全図』では昆布森と嬰寄別の間に確認できます。『東西蝦夷山川地理取調図』では「エトロツヘ」、『加茂家干場台帳』では「イトロンベ」と表記されているほか、「エトロンペ」と表記する文献も。読み方は「えとろんべ」が正解です。どちらにしても読めない当て字をしています。

嬰寄別

旧昆布森村 昆布森の西側の海岸沿いにある地域。現在は「釧路町昆布森村アチョロベツ」という住所表記になっています。アチョロベツ川、その川に架かるアチョロベツ橋として現在その名を残しています。河口部分に昆布漁の民家が並んでいます。『蝦夷日誌』に城跡があったことが記録されていたことから、現在は「城山(しろやま)」とも呼ばれます。

カタカナ名で表示したので読み方はわかると思いますが、これで「あっちょろべつ」と読ませます。古文書では「アツチヨロヘツ」「アツチヨロベツ」「アチョロヘツ」「アチヨロシベツ」「アツチヨヘキ」と記録されてきました。アイヌの人たちのアットゥシという衣服を作るための樹皮に関係することが由来になっています。ただ現在は楡の木を多く見ることはないようです。なお、昆布森市街地を流れるチョロベツ川は、このアチョロベツ川の「at」を省略した形とも考えられます。

読み方あっちょろべつ
由来と意味at-e-horo-pet(アッ・エ・ホロ・ペッ=楡の皮を・そこで・漬ける・川)
at-chi-horo-pet(アッ・チ・ホロ・ペッ=楡の皮を・我ら・漬ける・川)
難易度★★★★
嬰寄別(あっちょろべつ)

地嵐別

旧昆布森村 昆布森の西側の海岸線にある地域。現在は「釧路町昆布森村地嵐別」として住所表記されます。次の項目の又飯時のすぐ隣にあります。古文書では「チヤラセベツ」(ちゃらしべつ)と表記されてきました。それに漢字を素直に当てているので、現代の私たちでもすんなりと読むことができます。

意味は先に出てきた「分遣瀬(わかちゃらせ)」の一部と同じです。なお、ポンを先頭につけた地名は「誉散別(ぽんちあらしべつ)」となります。3文字に収めたいという執念でしょうか。

読み方ちあらしべつ
由来と意味charse-pet(チャラセ・ペッ=水が音を立てて滑り落ちる・川)
難易度
地嵐別(ちあらしべつ)

又飯時(惑解)

旧昆布森村 昆布森の西側の海岸線にある地域。釧路市の西端に位置しており、西隣は釧路市になります。又飯時沢川、又飯時金刀比羅神社があります。また、釧路市との境界付近は「ポン又飯時」、その東側には「惑解(わくかい)」があります(かつて誉惑解(ぽんわくかい)もあった)。これら三つの住所表記がここに固まっています。

読み方はそんなに難しくないと思いますが、おなかがすきそうな地名ですね。「またいとき」が正解です。アイヌ語のコタン名、岬名として記録されており、「マタイトキ」「マタエトキ」「マタヱトキ」「またひとき」「ワタトキ」、漢字では「亦井時」とも記されています。史料がないため断定できませんが、又飯時地区の中にある地名「誉(ポン)惑解」も、「ポン」を冠しつつも3文字に収めるために編み出された「またいとき」の別表記のようにも見受けられます。

なお、この近辺は浅瀬であるため、船の座礁が多く、クジラが迷い込めば陸に押し寄せられたようです。大正末期からこの地区で沖合漁業の漁船の動力化が行われました。

読み方またいとき
由来と意味mata-etok(マタ・エトㇰ=冬の・源)
wakka-ta-etok(ワッカ・タ・エトㇰ=水・を汲む・源)
mata-i-to-ki(マタ・イ・ト・キ=音・手前の義・遠く・知る)山奥にいても波の音が高いことから「海の瀬の荒いところ」とする説
難易度★(★★★★★)
又飯時(またいとき)

以上、釧路町沿岸部に連なる難読地名をご紹介しました。さて、皆さんはいくつ読めましたか?

誰がどうしてこんな難易度の高い当て字をしたのかはわかりませんが、きっと相当考えて漢字を当てたのでしょう。そんな明治初期の人たちの苦労に思いを馳せます。

『東西蝦夷山川地理取調図』(函館市中央図書館所蔵)の釧路海岸

参考文献:『新釧路市史』『釧路町史』『北海道の地名』ほか

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