海とわかれたりつながったり。美しい響きをもつ「パシクル沼」の秘密

【釧路市・白糠町】「馬主来」と書いて「パシクル」。そんな美しい響きの場所が、釧路市音別と白糠町の境界にあります。そしてその境界に広がっているのが、音別八景の一つでもある「馬主来沼(パシクル沼)」です。[地図] この沼は海とわかれたりつながらなかったりするという点で珍しいとされています。

満水時に海に流れ出るパシクル沼

パシクル川が太平洋に流れ出す河口に広がるパシクル沼は、面積0.28㎞2の海跡湖。低層湿原で、環境省の日本の重要湿地500に選ばれています。周辺は馬主来自然公園となっており、沼の潮が引くとシジミ採り、冬は全面結氷した沼でワカサギ釣りを楽しむことができます。

白糠側は沼のすぐそばが丘陵になっているので、全景を見渡すことができます。時には、沼の向こうを走る根室本線の特急などを見ることもできます。

この沼は、通常は幅約20mの盛り上がった浜で海と沼とが隔てられていますが、雪解けを迎える春の時期など、沼が満水になると、浜でせき止めておけず、水が海に流れ出します。その後は海の波によって砂の丘が再び形成されます。このように、水位によって海とつながったり隔てられたりを繰り返す沼は大変珍しいそうです。


パシクル沼はかつて海の中だったこともあり、特に6000年以上前(縄文時代)に形成されたカキの貝殻の化石層「化石カキ礁」が確認されています。これは沼の水位が下がった時に見ることができます。つまり、かつてはカキが多く生息していたことになりますが、そのことが「パシクル沼の伝説」として伝えられています。西方から青年がカキの稚貝を船に積んでやってきて、霧の中このパシクル沼にたどりついたというお話です。

語源はアイヌ語の「カラス」?

この青年の伝説には、パシクルという名がついた由来も含まれていました。霧の中、カラスの鳴き声に導かれて陸地を見つけたとき、青年は「パシリクル!」と叫んだとされています。これは「陸地の影を見つける」という意味で、ここから「パシクル」という地名が生まれたというのです。

しかし一般には、アイヌ語の「カラス」が語源になったという説が支持されています。前述の伝説でも、青年が沼を見つけたときにたくさんのカラスがいたとしているほか、フンペリムセ発祥の由来にまつわる伝承の中でも、クジラが浜辺に打ち寄せていた場所でカラスの鳴き声が激しかったことが伝えられています(後述)。

フンペリムセ発祥地

実はパシクル沼はフンペリムセ発祥の地という一面も持っており、パシクル沼の白糠側の岸辺には「フンペリムセ発祥の地碑」が建立されています。フンペリムセとは「クジラの踊り」のことで、国指定重要無形民俗文化財・アイヌ古式舞踊の一つです。

伝承によると、シラヌカコタンの人々が食料に困っていた時、西方でカラスの鳴き声がしたので行ってみると、パシクル沼の浜辺に大きなクジラが打ち寄せられていました。天の恵みと感謝した彼らは、すぐにリムセ、つまり踊りを即興で舞ったといいます。これにちなみ、現在もフンベ祭がこの地で行われています。