例年2~3月、北海道の日本海沿岸において、海が乳白色になる現象が見られることがあります。これを「群来(くき)」といいます。群来とはいったい何なのでしょうか。いつ、どこで発生するのでしょうか。
群来とは何なのか
「群来(くき)」は国語辞典にも掲載されている言葉で、「魚が産卵のために沿岸に大群で来ること。特に、ニシンについていう」(デジタル大辞泉[小学館])とあります。「鰊群来(にしんくき)」と呼ぶ場合は、「産卵期のニシンが大群で主に北海道西岸に押し寄せること」(同)と定義されています。
こうした解説からもわかるように、特に北海道西岸(日本海)の海岸にニシンが押し寄せることを「群来」と呼んでいます。そのため、北海道の方言のひとつとして紹介されることもあります。北海道では2~3月に「群来確認」が報じられることがあるため、道民は「群来」を「くき」と正しく読むことができます。しかし、一般的には読みが難しいと言えるでしょう。沿岸部の漁師たちの間では、ニシンの群来が確認されると「群来(くき)た」と、動詞のように話されることがあります。カモメが騒ぎたち、豊漁の知らせとなります。
さて、辞書の定義でいえば魚(ニシン)が大群で来ることなのですが、実際にはニシンが沿岸に押し寄せることによって生じる、ある現象を指すことが多いです。それは、沿岸部の海の色が乳白色、ミルク色、白濁と形容される色に変色して見えるという現象です。このように、ニシンの群来は、はっきりと目に見える形で現れるのです。本稿では、その現象を「群来」と呼んで紹介します。
なぜ群来が起こるのか
なぜ、2~3月になると北海道の日本海沿岸部で海の色が変わるのでしょうか。簡潔に言えば、産卵のために大群で押し寄せたニシンのオスが精液を放出するから。高台から見れば、海岸部分だけが乳白色、沖合の海が群青色という色の分離が確認できます。
ニシンが産卵のために大群で押し寄せた日に、メスは卵を沿岸部の浅瀬に生えるスガモ、フシスジモク、スギモクなどの海藻に産み付けます。砂浜や岩礁といった海藻が生えない海域ではだめです。そのため、ニシンの産卵場は限られることになります。さらにオスが一斉に精液を出すため、海が乳白色になり、「群来確認」となるのです。
復活したニシンの群来
実はニシンの群来は長年、沿岸部で確認されることはありませんでした。1954年(昭和29年)に後志管内余市町から小樽市忍路にかけての沿岸で確認されたのを最後に、ニシンの群来は見られなくなりました。
しかし、1999年(平成11年)3月18日早朝に留萌市礼受の海岸で45年ぶりに群来現象が確認され、大きなニュースになりました。この時の群来の範囲は、幅約1キロ、沖だし約100メートルに及びました。
これは、北海道のニシン漁復活を目指し、道立水産試験場を中心に1996年(平成8年)に始めた「ニシンプロジェクト研究」の成果。大量種苗生産や稚魚放流、産卵藻場の造成、資源管理対策などに取り組んできましたが、その努力が実を結んだ形です。
その後、数年おきに主に留萌管内沿岸部でニシンの群来が確認されるようになり、2009年(平成21年)以降は毎年石狩湾の数カ所で確認されるようになりました。20年以上前までは見られなかった群来が、ついに復活したのです。
1999年~2008年のニシン群来現象の確認事例
- 1999年3月18日 留萌市礼受
- 2001年3月26日 留萌市礼受
- 2001年4月1日 小平町鬼鹿
- 2004年2月1日 羽幌町焼尻島
- 2004年3月7日 石狩市厚田
- 2008年2月20日 小樽市船浜
どこで見られるのか
ニシンの群来現象を見てみたいと思いませんか? どこで見られるのでしょうか。
北海道の日本海岸、主に石狩湾の沿岸部で確認されることが多いです。それは人目に付きやすいということでもあります。45年間の空白が生じる前に最後に確認された小樽市忍路から、45年ぶりに確認された留萌市礼受海岸まで(実際にはそれ以北でも)、各地で確認されています。小樽市蘭島、桃内、塩谷(文庫歌)、祝津(豊井浜)、築港、東小樽(船浜)、朝里、張碓、銭函、石狩湾新港、石狩市厚田や浜益、留萌市礼受、小平町鬼鹿、羽幌町焼尻島など、概ね沿岸部のどこでも確認できます。遠浅の沿岸部だけでなく、入江や漁港内が白濁することもあります。
例えば、2019年2月20日に確認された群来は、小樽市沿岸部で数キロにわたって広範囲で確認されました。これは、この年初めて確認された群来で、ニュースで大きく報じられました。写真と映像は、朝里市街から近い朝里川河口付近で確認された群来で、昼近くまでこのように白濁な状態が残っていました(釣具店ホウムラさん敷地内から許可を得て撮影)。
石狩湾付近以外では、道南 檜山管内江差町のかもめ島えびす浜で2017年2月に104年ぶりに確認されて大きな話題になりました。江差では3年後に五勝手漁港でも確認されています。
春を告げる魚であるニシンの群来は古くから知られており、例えば俳人の山口誓子(1901-1994)は「どんよりと利尻の富士や鰊群来」と詠んでいます。北は稚内付近まで、日本海沿岸で広く群来が確認されるようになる日が来るかもしれません。
いつ見られるのか
ニシンの群来現象はいつ見られるのでしょうか。
まず時期です。早い年だと1月下旬には群来が初確認されることがあります(例:2010年1月19日、小樽市)。基本的には2~3月にかけてが、確認されることの多い時期となります。最も遅い時期では4月初めに確認されたこともあります(例:2001年4月1日、小平町)。
続いて回数です。群来現象は連日起きることもありますが(例:2020年4月3・4日、小平町)、たいていは年に数回発生します。
続いて時間帯です。ニシンの産卵は夜中に行われます。そのため夜明けを迎えてから、海が白く濁っていることが確認されることになります。時間が経過すると、潮の流れによって精液が広がっていくため、徐々に元通りの海の色に戻っていき、昼頃には消えてしまいます。
続いて気象条件です。海の状態も関係しており、波が穏やかな凪の日で、海水温が比較的高めの5度前後が産卵しやすいと考えられています。冬の日本海岸は荒れやすいので、そのような海の状態の日はそんなに多くありません。
また、「鰊曇(にしんぐもり)」と呼ぶ天候で発生しやすいともされています。2月下旬から4月までの曇天のことで、こうした日に産卵のために接岸することが多いようです。とはいえ、専門家でも群来を予想することは難しく、その日の早朝になってみないとわからないのが現状です。
群来にちなむもの
群来にちなむ地名も日本海沿岸部に数多く残されています。明治時代、後志管内古平町には群来村がありました。「ヘロカルシ」つまりアイヌ語で「ヘロキ・カル・ウシ」(にしんをいつもとるところ)の「ヘロキ」(ニシン)から転じて命名されたとされます。
現在も、旅館名やイベント名に「群来」の名が使われる例があります。積丹半島では後志管内泊村で「群来まつり」が開催されてきました。ニシンを使った「群来蕎麦」、丼物として「群来太郎丼」が小樽市内で提供されています。
参考文献:『新 北のさかなたち』、『北海道立総合研究機構―ニシンの群来について(石狩湾系ニシン情報参考資料1)―』、『同―試験研究は今No.669(2008~2010年に小樽市でみられたニシンの群来について)―』、『稚内水産試験場調査研究部―45年ぶりの群来―』