日本最後の石炭輸送専用鉄道「太平洋石炭販売輸送 臨港線」が廃止

2月上旬、新聞などで、釧路市内を走る「太平洋石炭販売輸送 臨港線」(以下、臨港線)が運休、廃止されるというニュースが報道されました。これまで、市街地を走る石炭列車に長年親しんできた釧路市民はもちろん、この鉄道に思い入れの深い全国の鉄道ファンからも、廃止を惜しむ声が上がっています。

そこで今回は、炭鉱や臨港線の歩んだ歴史、そして現在の状況を、わかりやすくお伝えしていきましょう。鉄道ファンでない方も必見ですよ!

石炭産業の発展と衰退

▼太平洋炭砿 春採坑の従業員社宅街(昭和戦前期) 協力:釧路市立博物館

「釧路炭田」は「石狩」「筑豊」に次ぐ、国内第三の規模を誇る炭田です。釧路炭田では、大正から昭和の戦前戦後にかけて多くの炭鉱が開業して石炭を採掘し、国や地域の経済発展、戦後の復興に大きく貢献しました。

中でも、1920(大正9)年に2社が合併して発足した「太平洋炭砿」は、戦後、釧路沖の海底下に坑道を延ばし、早くから機械化によって生産効率を高めるなど、国内有数の炭鉱として知られていました。

しかし、日本の石炭産業は、1960年代に大きな転換期を迎えます。それまで「黒いダイヤ」と呼ばれ、エネルギー資源の主役だった国内の石炭に代わり、石油が台頭する「エネルギー革命」が日本でも起こったのです。

▼一次エネルギー総供給に占める石油・石炭のシェア(経済産業省・資源エネルギー庁)

さらに、国内の炭鉱は1970年代以降、海外産の安い石炭との競争にもさらされます。採算が悪化した国内の主な炭砿はその後、相次いで閉山に追い込まれましたが、太平洋炭砿は国内唯一の坑内掘り炭鉱として、2002(平成14)年まで存続しました。

そして現在、日本国内で石炭を採掘しているのは、太平洋炭砿から事業を引き継いだ「釧路コールマイン」と、道内7ヶ所の小規模な露天掘り炭鉱だけになっています。

臨港線は石炭を運び続けた

▼釧路臨港鉄道 春採坑選炭場(昭和戦前期) 協力:釧路市立博物館

次に、臨港線の歴史を見ていきましょう。現在の「太平洋石炭販売輸送」の前身である「釧路臨港鉄道」は、太平洋炭砿で採掘された石炭の輸送を主な目的として、1925(大正14)年、春採(はるとり)〜知人(しれと)間の4.0キロで鉄道事業を開始しました。

その後、線路の延伸や旅客の営業/廃止などを経て、1979(昭和54)年、太平洋石炭販売輸送と合併し、臨港線の列車運行を担っています。

▼現在の臨港線と釧路市中心部

その後、太平洋炭砿が閉山し、ヤマ(炭鉱)は地元資本による新会社「釧路コールマイン」に引き継がれますが、石炭列車は運行本数を減らしつつも、90年以上もの永きにわたって石炭を運び続けました。

気がつけば、国内石炭産業の主役であった坑内掘りの炭砿と、その運搬を担ってきた石炭輸送専用鉄道は、全国でも釧路だけになってしまったのです。

▼現在の臨港線石炭列車(春採駅)

しかし2015(平成27)年、その臨港線も転機を迎えることになります。釧路コールマインなど4社が設立した新会社「釧路火力発電所」が、市内の興津(おこつ)地区に建設する石炭火力発電所の計画を発表したからです。

その結果、これまで釧路港から船舶輸送を経て、本州や道央の発電所で使用されていた石炭は、2020年に予定されている発電所の稼働後、その多くが地元の発電所で消費されることになりました。

さらに、残りの石炭輸送も、今後はトラック等に切り替わる見込みです。つまり、これまで臨港線の要であった、「石炭輸送」という業務がなくなってしまうのです。

運休〜廃止までどうなる?

▼氷で覆われた春採湖畔を走るDE601

荷主である釧路コールマインは太平洋石炭販売輸送に対し、すでに委託契約終了の申し入れを行なっていることから、臨港線は、発電所の稼働を待たずに運休〜廃止される見込みです。

2月の新聞報道によると、石炭列車は今年3月末をもって運休とのことでしたが、現時点ではその見通しが立っていないとの情報もあるようです。また、臨港線の正式な廃止日や、線路や車両が今後どうなるのかも、現時点では決まっていないとのこと。

いずれにせよ、残された期間はもうわずかです。石炭列車をひと目見たい!撮影しておきたい!という方は、なるべく早めに現地を訪れる必要があるでしょう。

しかし、JRや他の私鉄などとは違い、石炭専用の貨物線は、積荷のあるなしで運行スケジュールが大きく変わります。最近でも、1日1〜2往復の日があれば全く運行しない日が続くこともあり、運行時間帯もその日によって変わったりなど、確実に見られる保証はないのです。

石炭列車を見るチャンスは?

▼太平洋をバックに、S字カーブを走るD801

では、いつ走るかわからない石炭列車を、どうやってキャッチすればいいのでしょうか? 実は、地元の有志が非公式で告知している、「石炭列車運行予定情報」というFacebookページがあり、そこで当日の運行予定を知ることができるのです。

この情報もあくまで「当日の予定」であり、運行直前に変更となることもありますが、やみくもに現地を訪れるよりも、石炭列車に出会える確率はずっと高くなるでしょう。ページの運営者によると、情報のシェアや転載も歓迎とのことなので、ありがたい限りです。

ただし、「安全運行の支障ともなりますので、現場への直接問い合わせはどうかご遠慮下さい(特に電話は業務の支障となります)」とのこと。少人数で運行にあたっている臨港線の業務に支障が出ないよう、十分な注意が必要です。情報をうまく活用して、石炭列車を見送ってあげたいものですね。

車両や沿線の見どころなど

▼知人駅の石炭桟橋

現在運行されている、臨港線の主な車両を紹介します。この石炭列車で特徴的なのは、石炭の積み下ろしを自動化して人員の省力化を図り、列車運行の効率化を図った、「シャットルトレーン」と呼ばれる独自の運行方式です。

機関車がそれぞれ12両の貨車に石炭を積み込み、2つの編成を連結して、貨車24両の両端に機関車がつく「プッシュプル」というスタイルで本線を走行。さらに、知人駅の石炭桟橋では、再び2つの編成に分かれて石炭を下ろすという、非常にユニークかつ見応えのあるものです。

※車両の画像は、許可を得て春採駅構内で撮影しています。

DE601ディーゼル機関車

1970(昭和45)年に、アメリカのゼネラルエレクトリック(GE)社と日本車輌製造の提携により製造された、電気式のディーゼル機関車。日本のディーゼル機関車では珍しい片運転台タイプで、ファンも多い1両です。

D801ディーゼル機関車

かつて、旧阿寒町と釧路市を結んでいた雄別鉄道で、1966(昭和41)年に導入された国鉄DD13型タイプの液体式ディーゼル機関車。雄別炭砿の閉山後に釧路開発埠頭へ譲渡され、釧路西港の石油輸送などに従事していましたが、1999(平成11)年の路線廃止後に太平洋石炭販売輸送へ再び譲渡されて、石炭列車仕様に改造され、今も主力で活躍しています。

D701ディーゼル機関車

1978(昭和53)年に導入された、オリジナルの液体式ディーゼル機関車。鮮やかなオレンジカラーと、クラシカルで愛嬌のあるフロントマスクが特徴です。

D401ディーゼル機関車

1964(昭和39)年に導入された、オリジナルの液体式ディーゼル機関車。蒸気機関車のような、車輪同士を連結する赤いロッドが大きな特徴です。

セキ6000型石炭車

1966(昭和41)年、「シャットルトレーン」方式のために開発された、オリジナルの専用貨車。2両1セットの貨車に台車が3つという非常に珍しい設計で、1両の機関車に12両ずつ連結されて自動制御され、本線では計24両という長大な編成で走ります。

沿線風景はドラマチック!

▼市道「米町本通り」の終点は、踏切と一面の海

臨港線はわずか4キロという短い路線ですが、「春採湖畔の水辺」「太平洋の絶景」「米町などの街並み」「知人駅の石炭桟橋」など、釧路ならではの原風景がギュッと濃縮されています。そのドラマチックな沿線風景はさながら、原寸大の模型レイアウトを見ているようです。

線路沿いには道路や遊歩道が多いため、迫力の石炭列車を間近に眺めることができます。市の中心部からもさほど遠くなく、路線バスも各エリアで運行されていますので、アクセスは比較的楽でしょう。みなさんも、残り少ない石炭列車の勇姿を、カメラに収めてみてはいかがでしょうか?

注意事項

▼歴史を感じさせるセキ6000型の側面

石炭列車を早く見たい!という気持ちはおさえて、まずはルールを守りましょう。「安全第一」かつ「迷惑をかけない」、これがポイントです。

線路の敷地内に入らない

鉄道の安全上、線路の敷地内に立ち入ったり、走行中の列車へ近づかないようにしてください。鉄道を撮影したり見送る場合は、十分に離れた安全な場所から行いましょう。また、線路を渡る場合は必ず踏切を利用し、警報音が鳴った時は遮断機の中に入らないようにしてください。

フラッシュを焚かない

列車の接近中にカメラなどのフラッシュを光らせると、運転士さんの目がくらみ、列車を止めたり事故につながる可能性があります。あらかじめ、カメラの設定でフラッシュは「常時OFF」にしておいてください。

トラブルを起こさない

地元の理解あっての鉄道撮影です。近隣の方が迷惑するような駐車や、撮影の邪魔だからと他の人を追い払ったり、逆に、カメラの前に陣取るような行為は慎み、お互い声をかけてマナーを守りましょう。

現場に迷惑をかけない

先ほど述べましたが、現場に運行を確認するなどの迷惑行為は止めてください。上記の「石炭列車運行予定情報」を当日朝にチェックするのが、ほぼ唯一の方法です。Facebookを使ったことのない方は、これを機会にアカウントを作成してみてはいかがでしょうか?

最後に

▼春採駅に停車中の石炭列車

せっかく遠方から来たのに、石炭列車が運行されない日や時間帯だった……。そんな場合でも、春採駅周辺の道路際からは、停車している石炭列車をかなりの確率で見ることができます。

バスなら、釧路駅前からくしろバスに乗車してバス停「春採S・C」で下車すれば、臨港線の春採駅はすぐ目の前。ただし、車の出入りが多い場所なので、交通事故に気をつけてください。

明治時代から日本の炭鉱を支えてきた石炭輸送専用鉄道の堂々たる最期に、みなさんも出会えることを心から願っています。

【動画】映像で見る「太平洋石炭販売輸送 臨港線」

【動画】動画で見る石炭下ろし作業風景

取材協力

釧路市立博物館

釧路市立博物館は、臨港線から春採湖をはさんだ丘の上にあります。石炭列車を見た後は、ぜひ博物館にも立ち寄ってみてください。また、4月7日まではミニ企画展「尺別駅と直別駅」も開催中。3月15日で廃止となる2駅の歴史を紹介する展示で、こちらも要注目です。

産業分野を担当する博物館の石川孝織学芸員は、著書『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』を出版するなど、道東エリアの炭鉱や鉄道についても詳しく、その歴史について、展示から見学会などさまざまな催しを行っています。今回の取材では、多くのご協力をいただきました。

所在地:釧路市春湖台1-7
開館時間:午前9時30分~午後5時(常設展入場は午後4時30分まで)
常設展入場料:大人470円/高校生250円/小・中学生110円(マンモスホールは無料)
電話:0154-41-5809
休館日、展示、イベントなどの詳細は、公式サイトをご確認ください。

釧路臨港鉄道の会

地元の鉄道ファン有志が集まって運営されている鉄道の会。道内の鉄道に関する情報交換から、地元沿線での鉄道系イベント開催や協力など、興味深い活動を行っています。

参考資料

「我が国石炭政策の歴史と現状」 経済産業省・資源エネルギー庁
「釧路炭田 産炭史」 社団法人北海道産炭地域振興センター 釧路産炭地域総合発展機構
釧路叢書38・太平洋炭砿 「釧路臨港鉄道における技術革新」 石川孝織