函館・末広町電停のすぐそばに、「鶏肉ケレー」「ケレー酒」と書かれた看板を掲げた立派な漆喰の建物があります。ここは、旧金森洋物店の建物を活用した市立函館博物館郷土資料館。謎の食べ物「ケレー」の秘密を探りに、訪ねてみました。
あの赤レンガ倉庫群の原点と言える場所
旧金森洋物店は、明治時代の商人・渡邉熊四郎が1880(明治13)年に建造した店舗。漆喰造に見えますが実はレンガ造で、函館に現存するレンガ造の商家としては最古の建物です。1階は土蔵造り、2階は3連アーチが特徴的な洋風の造りで、函館らしい和洋折衷建築となっています。
▼内部の漆喰を一部はがした部分から、内部のレンガが見える。「明治9年函館製造」と刻印されており、北海道開拓使が現在の北斗市で焼かせたレンガを用いたことがわかる
▼当時の金森洋物店の雰囲気を再現した陳列棚
▼当時の金森洋物店の広告。幅広い取り扱い商品が記載されている
洋服の生地や舶来の雑貨・小間物、缶詰、ビールなどを手広く販売する店舗として営業し、1925(大正14)年まで現役の店舗として使用されました。その後持ち主が点々としますが、最終的に渡邉家が買い取り、函館市に寄贈しました。1969(昭和44)年より市立函館博物館郷土資料館として見学者を受け入れています。
▼当時の商家の雰囲気を再現した展示室
函館で「金森」と聞けば、真っ先に金森赤レンガ倉庫が思い浮かぶ人も多いはず。今ある赤レンガ倉庫は熊四郎の死後に再建されたものですが、もともとは彼が商売のために建てたもの。今も、熊四郎の子孫が代々社長を受け継ぐ金森商船(株)が運営しています。ですから、函館を代表する観光スポットのひとつである赤レンガ倉庫群の原点は、この旧金森洋物店にあると言えるでしょう。
大正ロマン風の袴姿でお出迎えしガイドも
2017年4月から、函館で生まれた石菖流(せきしょうりゅう)水引アート作品の製造販売を行う「(資)水引アート工房清雅舎」に指定管理者が変わりました。まったく畑違いに思えますが、清雅舎代表であり館長を務める今泉香織さんはもともと歴史が好きだったため、「函館にとって貴重な建物を残したい」との思いで指定管理に応募したとのこと。同館は開館から50年近くが経っているにもかかわらず市民にその存在がほとんど知られておらず、入館者数も減少し続けていました。
そこで、新たに指定管理者となった清雅舎は入館者数を増やすための新たな取り組みを始めます。まず、当時の商家の雰囲気を感じてもらうため、大正ロマン風の袴姿で出迎えることにしました。道行く観光客にカウンターから声を掛けて入りやすい雰囲気を醸し出すことで、「どうしようかな」と迷っていたような旅行者もスッと入ってくれるようになったそうです。展示物の入れ替えができない代わりに、月替わりで水引の花や色紙、手工芸作家の作品を飾るウェルカムコーナーを設けるようにもしました。
▼月替わりで入れ替わるウェルカムコーナー
地元の人々のクチコミも重要であるとの考えから、市民向けの催しも企画。郷土史研究家の講演会や読み語りの会による朗読会、函館在住の講釈師による講談「渡邉熊四郎伝」の上演など、興味深い企画を次々と実施。今泉館長も指定管理受託から3ヵ月あまりを振り返り、「地元の方が足を運んでくれるようになりました」と手ごたえを感じています。
▼当時の絵を精巧に再現したジオラマ
スタッフによる聞きどころ満載のガイドも好評です。現在は今泉館長を含む4人のスタッフが業務に当たっていますが、そのうち2人は市内の観光ボランティアガイド団体「縁ジョイ倶楽部」のメンバー。館内の展示物の関する案内だけではなく、函館全体の観光や歴史などについて幅広い知識を持っており、思わず引き込まれるような語りで館内を案内してくれます。
取材中に訪れた来館者の後についてガイドに耳を傾けてみると……
「熊四郎が屋号とした『森屋』は彼が長崎で奉公していた薬種問屋の屋号と同じです。初心を忘れないという意味で付けたんでしょうね」
「金森の印は、大工さんが使う曲尺(かねじゃく)と『森』の字を合わせたもの。律儀やまじめさという意味を曲尺に込めて、お客さんに対して誠実に商いする姿勢を表現するとともに、『かねじゃく』をお金に掛けて縁起を担いだという意味合いもあります」
「明治40年の大火で周囲の商家はすべて焼失しましたが、この建物だけは熊四郎が防火対策を徹底したおかげで焼け残りました」
といった具合に、興味深い話が次から次へと飛び出します。来館者から「函館の歴史がよくわかった」と言われることが多いというのもうなづけます。
▼熊四郎の業績を解説したボード
▼熊四郎がヨーロッパ視察の際に用いたトランク
「ケレー酒」とはいったい?
気になる「ケレー」について尋ねてみると、鶏肉を煮込んでドロドロにしたスープのようなものだったそう。当時は滋養強壮に効果があるとして健康食品のような扱いで販売されていました。それをお酒にした「ケレー酒」も、薬用酒のように服用されていたようです。「明治時代はカレーをケレーと呼んでいた」という説も一部にありますが、少なくとも今のカレーとはだいぶ異なる食べ物だったようです。
「私たちは学芸員ではないので、楽しさがモットーです。私たちのしゃべりで笑ってもらうことを目指しています」とスタッフの加藤政代さん。はつらつとしたトークで、聞いているこちらまで元気が出てきます。ガイドを聞いても聞かなくも入館料に変わりはないので、聞いたほうが絶対にお得なこと間違いなし。次に函館を訪れた際は、定番スポットに加えて「旧金森洋物店」にもぜひ立ち寄ってみてください。
所在地:函館市末広町19-15
電話:0138-23-3095
開館時間:4~10月9:00~16:30、11~3月9:00~16:00
休館日:月曜日、毎月最終金曜日、祝日、年末年始
観覧料:一般100円、学生・生徒・児童50円、10名以上団体料金あり