旧岩内線の歴史がここに!廃線時の面影残る「幌似鉄道記念公園」

【共和町】共和町の役場がある中心部からほど近い場所に、旧国鉄岩内線の幌似駅跡があります。函館本線の小沢駅から分岐して6㎞地点にある同駅は、岩内線開通から7年後の1919年12月5日に開業。1985年7月1日の廃止まで約65年間、地域の駅として重要な役割を担いました。沿線で唯一、駅舎が残り、国鉄時代の歴史を偲ぶ施設として公園化されているのが、幌似駅跡を活用した「幌似鉄道記念公園」です。

旧発足村の玄関口として


岩内線は1905年7月に岩内馬車鉄道として開通したのが前身で、1912年11月に岩内軽便線となり、幌似駅開業から3年後の1922年9月に岩内線(小沢・岩内間14.9㎞)に改称されました。相対式ホーム2面2線の駅は廃止時に単式ホーム1面1線の駅となりました。

同駅は旧発足村(合併後は共和町)の玄関口でもありました。周辺は水田開発が本格化した時期で、これら農作物の集積地として開設されたと考えられていて、主に貨物輸送の役割を担った駅でした。そのため、小沢駅側には切り欠き貨物ホームのための側線があり、戦前は到着荷物よりも発送荷物のほうが多かったといいます。

年間乗員数は1925年が17,639人、1942年に40,150人、1963年に97,962人と増加していきました。この急増の要因としては、合併による共和村の誕生で、この駅近くに村役場が建設されたことによります。しかしその後は減少が続き、1985年6月30日の「さよなら岩内線お別れ式」とともに廃止となり、翌日から代替バス運行になりました。

幌似鉄道記念公園として保存

廃止後の1988年10月、町は幌似駅構内を「幌似鉄道記念公園」として整備しました。水色トタン屋根の木造駅舎、赤屋根の貨物上屋、プラットホームや線路、駅備品、ホームには旧型客車スハフ42形スハフ42 257、ワフ29500形ワフ29587有蓋緩急車を連結して保存しています。




ちなみに駅構内諸施設は、国道276号線・幌似~国富間のバイパス岩内共和道路切り替え工事(線路用地を国道用地に転用)のため、2007年に北側に若干移動されていて、移築された駅舎は外観もきれいになりました。さらに、線路が撤去され、貨物用切り欠きホームと乗降用ホームが一本化されるなど駅構内の規模も縮小されています。現在、道道269号線とバイパスの国道276号線に挟まれる形で立地しています。入口は道道側となります。

駅舎内も当時の面影が残ります。四国九州・本州・北海道それぞれの旅のしおり棚、運賃表、きっぷうりば、手荷物小荷物取扱所・一時預り所の札、さよなら岩内線快速いわない号のヘッドマーク、鉄道保安用具が展示されています。1985年3月改正の発車時刻表がそのまま残されており、小沢行または倶知安行は8本、岩内行は7本あったことがわかります。





そのほか、廃止時の新聞記事と写真がパネル展示されており、当時の様子を知ることができます。23代にわたり歴代駅長がリスト化されている資料もあります(初代は井上静雄駅長に始まり、最後の23代駅長は太田太さんでした)。岩内線で使用されていた大小5種類のレールは見所の一つ。一番大きいものは東海道新幹線で使用されていたものだそうです。

なお、同駅は1967年の映画『旅路』の中で、主人公・室伏雄一郎の勤務していた函館本線塩谷駅のロケ地となりました。幌似駅跡の幌似鉄道記念公園で、旧国鉄岩内線の歴史を紐解いてみるのもいいのではないでしょうか。

幌似鉄道記念公園
共和町幌似 [地図]
ゴールデンウィークから10月末日までの9:00~17:00、月曜休館。ただし屋外見学は自由