レールを走った駅舎「尾幌(おぼろ)駅」―釧路の無人駅センチメンタリズム(2)

無人駅はここ北海道に限らず全国に数多くあるが、そのカタチはさまざまだ。小さなホームが1つだけの簡易なものだったり、かつては駅員が改札を行う立派な有人駅だったが、その後に無人化されたりと、時代や地域のニーズに合わせて色々な無人駅が存在している。その中でも、今回ご紹介する尾幌駅はちょっと珍しいタイプかも知れない。なんと言っても、昔はレールの上を走っていた駅舎なのだから。

<尾幌駅>
所在地:厚岸郡厚岸町尾幌1番地
営業開始日:大正6年12月1日
駅名の由来:アイヌ語の「オ・ポロ・ペッ」(川口の大きい川)から出たもので、付近を流れる尾幌川から

時代をバブル景気前の昭和50年代にさかのぼろう。莫大な負債を抱えていた当時の国鉄は、昭和55年(1980)に施行された「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法」(国鉄再建法)に基づき、赤字ローカル線の廃止を始めとして、徹底的な経営合理化を進めていた。そんな中、輸送近代化の一環として昭和59年(1984)、明治時代から続いていた貨物輸送の運用形態が大きく見直される。到着に時間が掛かり、効率の良くなかったそれまでの貨物列車を全廃し、コンテナ貨車や、石油・セメント類など専用タイプの貨車を主体とした「拠点間直行輸送」に全面転換したのだ。その結果、従来の貨物列車で永らく使用されていた貨車や車掌車の多くが不要となり、駅構内のヤードに留置されて解体を待つ身となった。

話は変わって、今度は道内各地の駅舎へ。同じく経営合理化にともない、それまで駅員を配置していた駅の多くが無人化されていった。その結果、事務室やきっぷの窓口があった大きな建屋は不要となり、老朽化していた木造駅舎の多くが解体されることとなる。しかし、新たに建て替えるには費用がかかるし、解体したままでは冬に極寒の北海道、列車を待つ乗客が凍えてしまう。そこで当時の国鉄は、貨物列車の廃止で留置されていた車掌車から車輪を外し、駅舎に転用することで、不要資産の活用と旅客サービス維持を両立させるという、一石二鳥の手法を考えた。車掌車は通常の貨車と違って出入口や窓、暖房設備などもあり、駅舎への改造に適していたのだ。この車掌車改造駅舎はこの尾幌駅を含め、道内を中心に全国40ヶ所の駅で、現在も利用されているという。

尾幌駅のある尾幌地区は、国道44号線と昆布森方面の海岸線から延びる道道142号「北太平洋シーサイドライン」が合流する場所にある。ここは周辺地域の酪農や漁業者にとって小さな生活拠点となっており、国道44号線沿いにはガソリンスタンドやコンビニ、公共施設なども並ぶ。それに比べると、国道から少し脇道に入った尾幌駅前は、マイカーの普及と共に駅を利用する人が減ったのか、少し寂しい雰囲気になってしまった。かつてこの通りには、木造駅舎と共に商店や住宅がいくつも並んでいたのだが、今では空き地が目立ち、黄色いセイダカアワダチソウが風になびいている。ただ、駅の横には地元の方だろうか、花壇に色とりどりの花が植えられていた。寂しげな駅前をささやかに飾っているようで、何だか少しだけホッとする。

さて、肝心の車掌車改造駅舎に話を移そう。この車掌車、現役時代はヨ3500と呼ばれた形式で、昭和25~33年にかけて製造されたもの。最盛期には1,300両以上が在籍し、改造車も含め全国の貨物列車で数多く運用されていた。現在、道内では2両が現役で「SL冬の湿原号」を始めとするSL列車に連結されているので、実際に乗った方も多いのではないだろうか。

一方、尾幌駅の車両は、かつてあった木造駅舎の場所に昭和61年(1986)設置された。現在は全体を白くペイントされて、コミカルな牛やキツネなどのキャラクターが描かれた、ポップな佇まいが印象的だ。元々車掌車であった名残も多く、車輪を外したリンクの跡や、赤いテールランプも付いている。幸運にも解体を免れ、駅舎として静かに余生を過ごしている訳だが、手入れが行き届いているのか古い車体の割に傷みも少なく、状態はとても良さそうだ。

入口から中へ入ると、うっすらとピンク色に近いホワイトに塗られた明るい室内は、アンティークで洒落た印象だ。現役時代そのままの板張り天井や、使い込まれたペンキの壁、木目が浮き出た飴色の美しいベンチ。都会の小洒落たカフェや雑貨店には真似の出来ない、60年物のシャビーシックと言ったら大げさだが、そんな雰囲気にあふれている。壁に貼ってある時刻表は主に朝夕の列車が中心。釧路や厚岸に向かう通院、通学客が多いのだろうと眺めていたら、遠くで踏切の音が鳴っているのに気付いた。三脚をかついでホームに出ると、静かにレールを響かせながら釧路発の普通列車が近づいて来る。降りたのは高校生がひとりだけ。学生服の彼は、いつの間にか駅前に停まっていたお迎えであろう軽自動車のドアを開け、いつものように去って行った。

▼協力:JR北海道釧路支社

▼尾幌駅