しばらく来ない列車を待ちながら、ガランとした無人駅にひとり佇む。旅先で、通学の帰り道で、そんな記憶を持っている人も多いのではないだろうか。釧路地域でも市町村の中心部以外のほとんどの駅は無人化されているが、鄙びていながらも往年の趣きがあったりして、待合室のベンチに座りながらのんびり長居したくなるような雰囲気にあふれている駅も多い。そんな釧路の無人駅を今と過去を交えながら、これから定期的にピックアップしていきたいと思う。今回は、JR根室本線の尺別駅へご案内しよう。
<尺別駅>
所在地:釧路市音別町字尺別43番地1
営業開始日:大正9年4月1日
駅名の由来:アイヌ語の「サッ・ペッ」(涸れた川)から
となり駅:← 直別 | 音別 →
尺別駅はとなりの音別駅、直別駅とともに、釧路エリアの西端に位置する無人駅だ。広い駅構内には2本の線路にそれぞれホームがあり、無人駅にしては比較的立派な設備が多い。実はかつてこの駅は、雄別鉄道尺別線という炭鉱鉄道の起点でもあった。当時は約10kmほど先の尺別炭鉱から産出される石炭輸送のため、尺別駅構内には石炭貨物用の引込線を始め、機関車を折り返す転車台などもあったという。昭和45年の炭鉱閉山にともない鉄道は廃止され、ヤマの人達もこの地を離れた。線路が撤去されてすでに40数年が経ち、JR根室本線が走る駅構内以外の敷地は、ツルウメモドキが絡まる本来の原野に戻りつつある。
そしてこの尺別は、2010年に公開された映画『ハナミズキ』で、新垣結衣演じる主人公紗枝が住む家のロケ地になった場所でもある。駅から数分の場所にある撮影用のオープンセットは、映画公開が終わった現在も保存されていて、ロケ地巡りでこの駅に降り立つファンも多い。そのためだろうか、ホーム脇には地元の人が造ったと思われる美しい花壇にひっそりと「映画ハナミズキロケ地」という小さな立て札が立てられているのが、見ていてなんだか微笑ましい。
尺別駅前は、草むらにポツンと立ってる郵便ポストが不似合いなほど人家はまばらで廃家も多く、駅を利用する人もごく少ないようだ。木造モルタルの駅舎も同様に随分と老朽化しているが、かつて有人駅として使用されていた頃の詰所なども残されており、国鉄時代の雰囲気が感じられてなかなか味わい深い。待合室は無人駅用に近年リフォームされたのか、窓口なども壁で塞がれてしまっているが、簡素ながらも比較的小奇麗な印象だ。オレンジ色の懐かしいベンチと共に、壁には数字のまばらな時刻表と運賃案内、そしてワンマン列車の案内や利用上の注意など、細かな配慮がなされている。
ふとベンチの並びを見ると、「尺別駅おもいでノート」と書かれた何冊かのノートが、ボールペンと共に置いてあった。ページをめくってみると、列車から見えた海が良かったので途中下車したという旅人や、ハナミズキのロケ地を訪れた人の感想などと共に、尺別で生まれ育ったという男性の書き込みを見つける。この土地を離れて以来、50年ぶりにこの駅へ降り立ったそうだ。炭鉱の最盛期には数千人が住んでいた尺別地区の面影を今、この寂れた風景にどう照らし合わされたのだろうと、誰も来ない待合室でひとり想いを巡らせてしまう。
夕暮れの尺別駅は、この時期特有の霧に覆われて幻想的な佇まいだ。あたりは牧草地と太平洋に接した広大な原野で、遠くの潮騒をバックに、野鳥のさえずりがサラウンドで聞こえてくる。朝の連ドラみたいにジェジェジェーと唸りながら急降下するオオジシギや、ジョッピン掛けたか?と北海道弁を連呼するエゾセンニュウなど、合唱メンバーは個性派揃いだ。杜甫の「国破れて山河在り」じゃないけど、自然に還ってゆく尺別の姿を野鳥たちが高らかに代弁しているようだなと、そんなぼんやりした妄想を打ち消すかのように、列車の到着を知らせる自動音声がスピーカーから流れてきた。
【動画】映像で見る尺別駅
協力:JR北海道釧路支社