国道229号線から道道740号線へ入り、せたな町大成区太田地区にあるトンネルの出入り口のすぐ脇に、
以前、北海道ファンマガジンで「道内最古の『灯台』は高さ1.3mだった!? 大成の小さな灯台『定燈篭』」として記事になった場所があります。
その場所には灯台と同じく、航海の安全を祈り「猿田彦大神」を祀る「太田神社」の拝殿も建っています(写真上)。道内最古の山岳霊場であり、北海道本土で最も西に位置し、道南五大霊場の一つに数えられています。しかしここに建っているのは拝殿。拝殿というからには、どこかに本殿があるはずです。その本殿のある場所が、「日本一危険」とか「日本一過酷な」と形容される「太田山神社」です。
その場所は写真をご覧ください。拝殿から全景を見ることができます。道道740号線沿いに鳥居があり、標高485mの太田山の中腹、標高にして約330m付近にある「北尋訪の崖」の岩窟の中に本殿があるというのです。拝殿を拝み、抑えられない好奇心と少しの不安を持って、本殿へ向かいました。
PART1 神が与える最初の試練?
太田山神社の鳥居の前には車が5~6台停められるスペースがあるのですが、行ってみると20歳代の若者が数人、大の字に寝転がっています。聞くとたった今参拝を終えて降りてきたところで、予想を上回る過酷さだったとのこと。鳥居の入り口にある立て札を見ても、普通に参拝できる神社ではないことがわかります。マムシに注意なんて看板もありますが、場合によってはクマに注意という看板も立ってる時があるようです。
さらに、鳥居の先に見える石階段が壁のように空に向かって続いています。140段程ある階段の平均斜度は45度、最大50度の傾斜。二本の太く長いロープが、傾斜の凄さを物語っています。スキー場の斜面で、上級者指定される急斜面でもだいたい30度前後ですから、スキー、スノーボードをされる方なら斜度の感覚はわかってもらえることでしょう。観光で来てちょっと参拝していくか、という感覚の人は、まずここで諦めます。
準備を整えて階段を登り始めますと、階段の狭さに驚きます。私の足のサイズは27cmですが、まっすぐ階段に足を乗せると踵が宙に浮きます。階段の幅は多分20cm程でしょう。さすがに休憩なしで登りきれません。いや、目指す本殿は約1km強先ですから、休憩してでもまだ体力を残しておかなければなりません。
階段も中程を過ぎ、残り30段くらいになると斜度が変わり、最大斜度50度になるのです。私の個人的な感覚かもしれませんが、階段を登る際ロープは使わず四つん這いになって、手と足を使って登る方が確実で疲れないように思います。なんせ、斜度50度ともなると、四つん這いになっても立って歩くのと変わりませんから(笑)。
PART2 これも神が与える試練か? 女人堂の罠
階段を登りきり振り返ると、目眩がするような光景になりますので注意しましょう。
登り切っても斜度は急なままです。常に斜面にひっついている状態です。
横を見ると、またロープがあります。
今度はかるく岩場を登るようですが、ここから山道となります。
前述したように山岳霊場ですから、登山靴、動きやすい服装等、山登りの装備は必須です。
しかし普通の山登りの装備とはちょっと違う部分もありますが、それはまた後ほど説明しますね。
夏の時期ですと、大きな木々の葉が満載の薄暗い緑のトンネルとなっている山道を登ることになります。木の陰で直射日光は避けられますが、風はほとんど通らないので汗だくになります。
また、山道の殆どはロープが張られているくらいずっと急斜面ですので、気持ちの上で覚悟が必要です。
場所によっては、鉄の梯子が掛けられていたり、木の根が階段状になっていたり、
板で階段状に道を作っていたり、アスレチックのようにけっこう楽しめる要素もありますし、途中大きな岩の陰に仏像が安置されていたりして、気を紛らわせてくれたりしますが、とにかく急です。
しばらく行くと鳥居が見えてきます。
「なんだ、思ったより簡単に着いたな」と思いますが、これは罠です(冗談ですよ)。
中間くらいの地点に「女人堂」と呼ばれる鳥居とお堂が建っているのです。
昔、本殿は女人禁制であったため、大正時代に女性用の拝殿として建てられたようです。
ちょうど疲れてきた頃に鳥居が見えたら、そりゃ誰しも「着いたぁ」と思ってしまいますよね。
近くまで行くと、左に登山道が続いているのがわかります。
ここで心が折れてしまわないように気をしっかり持ちましょう。
でも、ちょうど良い休憩場所でもあります。
PART3 こんどこそ本殿の鳥居
さらに先へと続く山道を進むのですが、ここでさらに気をつけなければいけないことがあります。
普通の登山と同様なのですが、二人以上の人数で登る場合、先頭の人が足元の石などを転がした時、後ろにそれが襲ってきます。一人一人が気をつけなければいけませんが、もしも石などを落とした場合は大声で知らせるなど、コミュニケーションをとりながら登らなければなりません。
なんせ、スタートから山の9合目を登ってるようなもので、ずっと急斜面ですので、落ちてくる勢いがとんでもないのです。
また、下山する人とすれ違う場合も同様で、人が降りてくるがわかったら、脇に退避して先に行ってもらうなど、気をつける必要があります。
一歩一歩確実に登って行くと、深い緑の木々の隙間から徐々に空が見えてきて、トンネルを抜けたかのように周りが開け、目の前に茶色の崖が現れます。山道は右へ折れており、その先には鳥居が見えます。本殿の鳥居です。
端が朽ちている様は霊場という名にふさわしく、傍に安置された仏像と相まって、ここにきて少し畏怖の念を抱きます。しかし急な山道もここまで。狭くも久しぶりの平らな地面は、ありがたく感じます。
PART4 さらなる試練?
鳥居はありますが、お堂が見当たりません。
鳥居の奥へと道は続いているので、進むしかありません。
先へ進み階段を登って行くと、目の前に鉄で組まれた橋が現れます。
正面奥に見えるのが「北尋訪の崖」、そこには黒く穴が空いているのも見えます。
橋の下は鉄の網、脇は緑の漁で使うかのような網。
港町の人々がちゃんと管理し信仰しているということがよくわかります。
この橋も実は急な登りになっているため、下の鉄網には、一定の間隔で太いロープの滑り止めが設置してあります。
今までの登りに比べれば、ひょいひょい歩けていけるのですが、下を見るとさすがに怖さがこみ上げます。
橋の先までたどり着くと、左の崖に数本のロープと数本の鎖状の大きな鉄の輪が垂れ下がっています。
いよいよ最後の試練です。
約7m程の崖を登りきった先の岩窟の中に本殿があるのです。
ロープや鉄の輪があるなら、行けそうと思うでしょう。
しかし、今立っている足場の幅が1mもない狭さ。
もしも崖をよじ登っている最中、誤って落ちでもしたら、今立っている足場で止まる保証はありません。
落ちる勢いでさらにその下の崖へ落ちていく可能性大です。
先ほどの普通の登山と違う所というのはここの事です。
垂直の崖を登るので、安全を考えれば、ザイルにハーネス、ヘルメット等も必要になるでしょうし、なにより先頭に登る人は命綱なしで行くことになるので、それなりのスキルを持った人でなければなりません。
体力、技術、経験に自信のある方なら難なく行けるでしょうが、それでも万が一を考えると、最低でもハーネスとカラビナは持っていたほうが良いです。
ここで大変重要な選択になります。撤退か、前進か。
本当に命がけの選択になりますので、十分な準備や気持ちの整理ができていなければ、これ以上進むのはやめたほうが良いでしょう。前進の理由に「せっかく来たのだから」は入れてはいけません。
神は最後に、参拝者の綿密な計画や準備を経た本気度を問うているのかもしれませんね。
PART5 絶景を見渡している本殿
崖を登りきったところに、大人5~6人は入れる大きさの岩窟があり、その中に本殿があります。
岩窟の中から周りをみると、急峻な山肌と遠くに見える海、さらにその奥には奥尻島まで見渡せる絶景です。
真下を見ると目がくらんで怖いですが、たどり着いた達成感と絶景で気分爽快です。
一息ついて参拝するわけですが、あなたなら何を願いますか?
不思議と、安全にここまで来ることができた感謝と、このあと無事に下山できること以外、考えられないのです。祀られているのが道案内の神、猿田彦大神なだけに……。
このような場所に本殿を置いたのは、航海の安全を祈るため見晴らしの良い海の見える場所という考えがあったのでしょう。
それにしてもなぜ、わざわざ崖の中腹に置いたのでしょうか。
もしも先人が猿田彦大神を祀るので、道中をより険しいものにして、参拝者が皆、道中の安全を祈るように、航海の安全と掛けたとすると、シャレにしては相当きついです(笑)。
PART6 下に降りるまで気を抜かずに
さて、実は一番注意しなければならないのは、帰りの下山です。
目的を達成したという安堵と、体力を使っていること等から、なんでもない所で怪我をしたりします。
一番下の鳥居の一段目まで行って最後の一歩で足首をグキッとやったり、実際ありますから。
ゆっくり慎重に降りましょう。
今回、私は登りで1時間30分、下りで30分でした。
挑戦したいという方は、登山と可能であればロッククライミング(最近は室内で体験もできます)を経験してから行くことをオススメします。
どちらも基本を学べますし、太田山神社参拝ではこの基本が重要になります。
もちろん、経験者やガイドと共に安全第一でいきましょう。
▼太田神社
所在地:北海道久遠郡せたな町大成区太田17番地
TEL:0137-84-5111