小清水原生花園は、オホーツク管内小清水町のオホーツク海と濤沸湖(とうふつこ)に挟まれた、長さ約8キロメートル、広さ約275ヘクタールの細長い砂丘です。
6月から8月にかけて、クロユリやエゾスカシユリ、ハマナスなど、約40種の野生の花々が咲き競い、その間を国道244号とJR釧網線が縦走する絶好のロケーション。さらに国道沿いの園地と夏季限定の駅が隣り合っているなど立ち寄りやすく、毎年多くの観光客でにぎわいます。
原生花園の花を守るため、枯草や牧草を焼く
その小清水原生花園が毎年、彩りの季節を迎える前に「火入れ」と呼ばれる野焼きを行っていたことを知っていましたか? 火入れは原生花園の植生を促すため、花々の生育を妨げる牧草や枯草を焼く事業。原生花園風景回復対策協議会が1993年から行ってきました。
▼原生花園の植生を妨げる枯れた草や牧草
2018年の火入れは5月10日の早朝5時から始まり、約3時間かけて15ヘクタールを焼きました。
この小清水原生花園の火入れ。実は毎年見学希望者がいるそうですが、関係者と報道機関以外は立ち入り禁止で、火入れの時間は周辺の国道244号を交通規制。規制区域外から眺望できる高台もないため見学はかないません。そこで、今回は北海道ファンマガジンが密着取材をしましたので、これまで秘密のベールに覆われていた火入れの一部始終をご覧ください。
その前に少しだけ、火入れが始まった経緯に触れておきます。振り返ると、小清水原生花園の花は1970年代から減り始め、80年代にはほとんど見られなくなる事態となりました。
原因は環境の変化です。60年代までは釧網線を蒸気機関車が走っていたため、火の粉で野火がたびたび発生していましたし、馬の放牧も行われていて牧草が生い茂ることはありませんでした。
しかし蒸気機関車や馬が姿を消し、加えて周辺河川の改修によって砂丘に砂が運ばれなくなったことも影響して、原生花園の着花が減ったと考えられています。その対策として火入れ事業が始まりました。もう25年前のことです。
小清水原生花園の火入れ現場からレポート!
5月10日、午前4時30分。気温は3度。防寒着と防塵マスクを装備した人々が続々と集まってきます。
▼火付け班が装備するガスバーナー
火入れの実行部隊は、同協議会の小清水町やオホーツク総合振興局、網走南部森林管理署、JR北海道などから構成された総勢100人以上。
ガスバーナーを持って火を付ける「火付け班」と、ジェットシューターを背負って事前散水や消火を行う「シューター班」、そしてスコップを持って消火の補助をしたり、ガスバーナーで火付けの補助をしたりする「スコップ班」に分かれ、それぞれ3名1組で編成されています。
今回火を入れるのは国道244号よりオホーツク海側の斜面で、全長1.5キロメートルに及ぶ15ヘクタール。この火入れエリアの東西には各7メートル幅の防火帯が設けられ、下刈り(草刈り)をしたり枯草を取り除いたりすることで炎の広がりを防ぎます。よく燃えるように、しかし延焼や事故は絶対に起きないよう、細心の配備が敷かれているのです。
また、火入れの対象全エリアは原生花園全体の4分の1に当たる66ヘクタールで、これを4区画して毎年1区画ずつローテーションしながら焼いていきます。この方式だと雨天中止になった年があっても4~5年のうちには火入れができるわけです。
▼斜里地区消防組合の職員と消防団員が待機
消防車が配置に就くと、最初に出動したのはシューター班です。それぞれジェットシューターを背負って斜面を登り、線路の枕木や電柱の周辺など、火がついてはいけない場所に散水をします。
▼火除けのための事前散水を行うシューター班
火の勢いもすごいが、各班の連携もすごい
5時。1回目の火入れが始まります。
火付け班15名が100メートルおきに並んで待機。そこへ「点火を開始してください」のアナウンスが流れると、15か所で炎が上がり始めました。
▼火が付けられたとたんに広がる炎
速い! 火の足は速い。炎が生きもののように斜面を這い上がっていきます。もうもうと立ちのぼる白煙はダイナミックで思わず息をのむほど。炎が去ったあとは黒い焼け跡が残り、バチバチという音だけがしばらく鳴り続けていました。
▼国道244号沿いの斜面が勢いよく燃える
5時30分。たった30分足らずで、国道から線路までの斜面は焼け野原と化しました。
やがて「消火開始」の合図が届くと、またもやシューター班の出動です。まだ煙が上がっている場所や、線路の枕木と電柱の周辺に散水をし、水がなくなると給水車から補給して、また斜面を駆け上がっていく。「このジェットシューター重いんだよ。満タン20リットルだから」という言葉を残して……。
▼シューター班とスコップ班が消火中
▼事前の下刈り(草刈り)により電柱への延焼を阻止
線路わきでも炎が舞う。そしてもうすぐ1番列車が
5時50分。2回目の火入れとなる、釧網線の線路からオホーツク海側の草原にも点火されました。
▼釧網線線路からオホーツク海側にも点火
しかしこの場所ではハマナスが緑の芽を出しています。茎も枝も焼かれて大丈夫なのか気になりますが……。その心配は無用でした。地表が燃えても地中の温度は変わらず、植物の根に影響しないことはすでに分かっています。これから新しい芽が出て、よりたくさんの花をつけることでしょう。
▼ハマナスまで焼けているけど大丈夫
▼枯草がよく燃えるよう、スコップ班が草フォークで起す
▼火の手とともに白煙が上がる
▼火が線路のすぐそばまで迫る
6時30分。2回目の火入れエリアも焼き払われ、消火散水がされると、JR北海道の社員が線路の安全確認を実施。ちょうどこの時間、国道244号の交通規制も解除され、一般車両が行き交い始めました。どの車も焼け跡に目を走らせながら通り過ぎていきます。
7時2分。JR北海道の社員が見守る中、1番列車が無事通過。今年も安全に火入れを終えました。現場全体の緊張が解け、「やっぱり消火より火付けの方が楽しいよね」「今年はよく燃えた!」などの雑談も聞こえてきます。
▼消火と安全確認を終えた直後に1番列車が通過
皆さん、お疲れ様でした。
火入れ事業化へと導いた、研究チームの調査データ
ところで原生花園を焼いてしまうとは、1993年の事業化当初にしてみれば、ずいぶんと思い切った試みだったと思いませんか?
北海道には20以上の原生花園がありますが、これほどの規模で、しかも継続的に火入れを行っている例はほかに認められていません。
しかし小清水原生花園で始まった火入れはやみくもな試みではなく、北海道大学の研究チームが1990年から3年におよぶ調査と実験を行い、そのデータ蓄積から効果が期待できると提案して事業化されたものなのです。
実際に火入れを行ってから悪影響は見られず、反対に原生花園内に生育する植物のうち、複数の種が小さな個体を増加させたり、発芽率を増やしたりするなど、たしかな効果が実証されているということです。今現在も北海道大学や岐阜大学の研究者が原生花園風景回復対策協議会の中核となり、検証を続けています。
5月上旬に火入れを行う理由もあります。退治をしたい牧草は芽を出していて、原生花園の植物はまだ休眠中という、絶好の時期を狙ってのことです。
火入れを知ってから見る原生花園はまた格別
いかがでしたか? 鮮やかな花風景を取り戻すため、原生花園を取り巻く人々が結束する様子を垣間見ることができたでしょうか。人知れず行われてきた火入れの取り組みを知ってみると、小清水原生花園で揺れる花ひとつにも愛おしさがわいてきそうです。しかも今年は、「よく燃えた」と現場が快哉を叫んだほどの当たり年? ますます生育への期待がふくらみます。
▼一帯は網走国定公園で、濤沸湖はラムサール条約登録湿地に指定
▼駅を降りたらお花畑。5〜10月限定で停車するJR原生花園駅
▼情報と休憩の拠点、インフォメーションセンター「Hana」
小清水原生花園の見ごろピークは6月中旬から7月下旬。天覧ヶ丘展望台まで歩くとオホーツク海の先の知床連山や羅臼岳、濤沸湖の先にどっしりと座る斜里岳や藻琴山など、花に彩られた素晴らしい眺望が待っています。大町桂月が「東洋の楽園」と感嘆したと伝わる、素晴らしい風景の中に立ってみませんか。
【動画】動画で見る小清水原生花園火入れ
所在地:斜里郡小清水町浜小清水(国道244号沿い)
最寄り駅:原生花園駅(5~10月のみ臨時停車)
問い合わせ先:0152-62-4481(小清水町役場産業課商工観光係)0152-67-5120(小清水町観光協会)
入場料:無料
公式サイト
営業時間:5月~9月 8時30分~17時30分、10月 9時~17時 無休
定休日:5~10月 無休
休館:11~4月