【鶴居村】 北海道の夏といえば、抜けるような青空や、爽やかな緑の草原をイメージする人が多いが、6~7月の釧路はちょっと他とは違うようだ。地元でガスと呼ばれる海霧がやってくるおかげで、夏なのに驚くほどひんやりした日も多く、湿った空気のおかげで長袖でも肌寒く感じることが多い。「今日は天気いいと思って洗濯干したら、ガスかかっちゃって」なんて言うボヤキもよく聞く。そんな日常生活には厄介者の霧だが、日本全体が暑さで大変なこの時期にクーラー要らずとあれば、ありがたい存在なのかも知れない。今回は夜明けと共に釧路湿原の中心部に入って、霧が演出する幻想的なモノトーンの風景と共に、うるおいタップリの涼しさを存分に味わってみよう。
涼 し さ ★★★★★ 夜明けの気温は14度。涼しさを通り越して肌寒いくらい。
知 名 度 ★★★☆☆ 温根内は手軽に湿原の中に入れる人気のスポット。道外客も多い。
難 易 度 ★☆☆☆☆ 駐車場から木道でらくらくアクセス。ファミリーにもオススメ。
鶴居村の温根内地区は釧路湿原の西側にあり、地名は、近くを流れる温根内川(オンネ=年寄りの・ナイ=川)から来ている。湿原は中に入るのが難しいため、高台から遠く眺めるという観光スタイルが一般的だが、ここでは釧路湿原の国立公園指定をきっかけとして、平成4年に温根内ビジターセンターが開設。湿原の内部まで立派な木道が整備されたお陰で、誰もが簡単に歩いてアクセスでき、湿原を間近に見ることが出来る場所となった。特にここ一帯は、釧路湿原の中では珍しい高層湿原があり、特異な自然環境によって、通常は山岳地帯でしか見られないような高山植物が平地で観察できるという、学術的に貴重なエリアでもあるのだ。
撮影当日の日の出は午前4時。クルマで夜明け前に温根内の駐車場に到着すると、あたりはやや深い霧が立ち込めていた。さっそく機材をかついて湿原へ歩き出すが、こんな時間帯なので人影はまったくなく、聞こえるのは早起き鳥のさえずりと木々の枝からしたたり落ちる朝露、そしてゴトゴトと木道を歩く自分の足音だけ。だがそんな静けさの中に突然、草むらからガサッと大きな音がした。びっくりして振り向くとエゾシカの親子だ。じっとこっちを睨んでいるのは子連れの本能的な行動だと思うが、午前4時の安眠を邪魔されたせいでもあるのだろう。とっさにカメラを構えて動画撮影していると、親子は湿原の奥へ走り去ってしまったが、何だか済まないことをした気分になった。
背丈ほどあるキタヨシと、ヤナギやハンノキの中低木がうっそうと茂る低層湿原のジャングルを抜けると、陽も昇ってきたのかだんだんと明るくなってくる。木道を進むと中間湿原を経て、やがて高層湿原にたどり着いた。ここは、ミズゴケが長い年月を経て積み重なったスポンジ状の土壌にさまざまな高山植物が生息する、見渡す限りの大草原が広がっている。うっすらと立ち込めた逆光の霧の中で、やせたシラカバのシルエットが風に揺れる幻想的な情景は、例えは良くないけど、この世とは思えない天国の雲の上みたいだ。朝方のせいもあって涼しいどころか肌寒いが、ノビタキやウグイス、カッコウ、時にはタンチョウの美しい声を遠くに聞きながら、天然モイスチャー100%の極上ミストを全身に浴びているという気持ちがふつふつと湧いてきて、何だか心の中まで潤ってくるように感じる。湿原の維持にも大切なこの霧と冷気、人間にもちょっとだけおすそ分けしてもらえたようだ。
▼温根内木道
阿寒郡鶴居村温根内
釧路市街からは国道38号線経由で、鶴居方面に向かう道道53号線をクルマで約40分。バスの場合は、阿寒バスの鶴居線・幌呂線に乗車して1時間ほどの「温根内ビジターセンター」バス停で下車。そこから湿原までは歩いてすぐそこだ。木道は歩きやすいのでスニーカーで充分だが、夏場の湿原は虫も多いので、虫よけスプレーなどがあるといいだろう。バードウォッチングしたい人は、双眼鏡や高倍率のデジカメ持参がオススメだ。