森町の濁川温泉は、道南の温泉地の中でもとりわけ閑静な地域です。丘の上には北海道随一の地熱発電所があり、稼働中は水蒸気がもくもくと登る様子を見ることができます。今回はそんな地熱と温泉の地区で取材をさせていただきました。
▼濁川温泉発祥の地の碑
「北海道で最も源泉密度が高い地区」と呼べる理由
濁川温泉には、日帰り温泉を含めて現在6軒の温泉施設があります。しかし、その6軒の情報だけではなくこの地域全体の背景を知ると、もっと濁川での湯浴みが深いものになるかもしれません。
▼濁川温泉の源泉分布図
上の画像は北海道地質研究所が2008年に発行した温泉のデータで、地図上の青い丸が利用中の温泉源、緑の三角が未利用の温泉源です(地方独立行政法人北海道立総合研究機構 提供)。濁川地区だけでこれだけの温泉が掘削されており、「北海道で最も源泉密度が高い地区」と呼んでも差し支えないほどの温泉密集地帯なのです。
江戸時代から温泉宿があり、温泉資源に恵まれていることが知られていた濁川地区では、上水道が敷設される前の時代、住民の方が温泉を掘削して生活用水に使用していたというのがその理由のひとつです。
濁川温泉のご家庭におじゃましました
▼山本家の源泉(温泉井戸)
今回取材させていただいた山本さん宅では2本の温泉を所有していますが、古い方は1945年(昭和20年)頃に上総掘りで220尺(約67m)掘削したもので、長らくその温泉を生活用水として使用していました。その古い方の温泉は既に使われていませんが、昭和40年代にもう1本の温泉を掘削し、そちらは現在も使用しているということです。
山本さん宅では代々産湯が自宅の温泉で、たとえお子さんが結婚して実家を離れてもお孫さんが産まれて100日経つと温泉デビューのために家族で訪れる、そんな慣習が続いているとのこと。身体が冷えたらまず温泉、1日に何度でも入ることができ、温泉のお風呂にしか入ったことがないという羨ましい環境でした。
▼山本家のお風呂
山本家のお風呂は常に源泉が注がれる湯船1つだけで、身体を洗うのも温泉水という非常にシンプルなものです。温泉宿に宿泊して一番楽しいのは温泉そのものではなく「シャワーなどの設備がお風呂にあること」と仰っていて、驚くと同時に納得しました。
温泉熱を農業に利用
その豊富な温泉資源を農業にも利用できないかと考えるのはごく自然なことで、森町史によれば既に1933年(昭和8年)に濁川でウドやミョウガを温泉熱で栽培して成功したという記録が残っています。
▼温泉のバルブとビニールハウス
▼温泉が流れる黒いパイプ
山本さんのお宅でも温泉が農業に使われています。パイプでビニールハウスに温泉水を通し、その熱でトマトを栽培しています。稲作からの転換でこのような規模の大きな設備が導入されたのは昭和40年代からで、糖度が10度を超えるものもあるほど甘いトマトが収穫できるだけではなく、冬季間に苗を植えてゴールデンウィークを過ぎる頃に収穫できる二期作を可能にしています。通常この時期の北海道の農家は秋の収穫を終えて農閑期に向けた後片付けなどをしているところだと思いますが、ここでは本州のような農業ができるということです。
濁川地区ではかなりの数の農家の方が温泉熱を農業に利用しており、湯気を上げる温泉源や、ビニールハウスで使用された温泉が大量に捨てられている様子を至る所で見ることができます。この地区で温泉は生活用水としてのライフラインの1つであり、また生計を立てるために欠かせないものでもあるのです。
シェアされる温泉資源
▼脱衣所にある張り紙
温泉と共に暮らす濁川地区の方々の背景を知ると、温泉宿の脱衣場にあるこの張り紙の意味も、より深く理解することができると思います。脱衣場にこの掲示がある施設は「温泉旅館天湯」です。
▼温泉旅館天湯
こちらの宿は今から70年以上前に銀行の寮として建てられたのが始まりです。その後寮から温泉旅館となり、ドライブインを営んでいた染谷さんがここを引き継いで約30年。1999年(平成11年)に新築して現在の形になりました。
▼温泉旅館天湯の浴室
濁川温泉のお湯は施設によって色や香りの特徴が大きく異なるので湯巡りすると楽しいのですが、こちらはウグイス色の濁り湯と金属臭が特徴です。湯船からかけ流されるお湯によって洗い場まで床が赤褐色に染まっていることも強いインパクトを与えます。肩まで浸かるとしっとりと身体を包み込んで温めてくれる、優しさと力強さを感じる温泉です。
脱衣所にあった注意書きの通り、こちらの旅館が使っているお湯は温泉を持っていない近くの農家でも使用されています。この地域の背景を知っていれば、ご近所同士でシェアしている温泉資源を湯客として大切に扱おうという気持ちにさせられますね。
この地区で現在営業している温泉施設は全て日帰り入浴が可能です。小さな湯宿がほとんどですが、どの施設も温泉をかけ流しで使用しており、鮮度が高くお湯の力を十分に感じることができる、道内でも貴重な温泉地です。静かにゆっくりとお湯に向き合う時間を過ごすのはいかがでしょうか。
所在地:森町字濁川231-10
電話:01374-7-3020
日帰り入浴:大人400円(午前11時から午後9時まで)